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「自己責任」を押しつける社会に多様性はあるのか

明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 宮本 真也

アイデンティティを揺るがす「承認の欠如」

 さらに、混同だけでなく、承認の規則を身につけているものの、その時代や地域における偏見や権威主義に左右されて、意図的に人を無視したり、見て見ぬふりをすることによって「承認の欠如」を起こすこともあります。これは古くからあり、人種差別などはその典型です。

 例えば、公民権が確立される以前のアメリカでは、黒人に対して「本源的承認」すらもなされないような状態でした。

 現代でも、社会的「承認」がなされない状況は深刻です。

 例えば、LGBT、あるいはSOGI(性的指向と性的アイデンティティ)をめぐるマイノリティの人たちに対する、いわゆるマジョリティに属する人たちの態度や振る舞い。あるいは、ワーキングプアと言われる人たちに対する不当な評価。障がいのある人びとへの、共感を含んでいるように見えて、実は偏見の混じった同情や排除的態度。

 また、近年、非常に問題になっているパワハラやセクハラ、いじめ、児童虐待なども、その根底には、相手と自分との間に著しい権力差や立場の違いがあったり、あるいは主観的にそれらを勝手に設定し、相手を自分たちの社会の仲間と見なさない、すなわち、その人を受け入れない、「承認の欠如」があるのです。

 「承認の欠如」によって、人はどうなるか。先に、不当な思いを抱き、それは怒りや悲しみになっていく、と述べました。

 それが「承認」をめぐる闘争に発展する場合もあります。人種差別に対する公民権運動がそうでしたし、近年のLGBT運動や、Me Too運動もそうです。先に触れたホネットは、この「承認」をめぐる闘争に、社会発展のダイナミズムの源を見ています。古い習慣や先入観が見直されて、新しい承認の規則が確認されるということです。

 しかし、こうした変化をもたらすためには、ある程度の時間が必要となることもあります。怒りや悲しみを感じていたとしても、当事者にとってですら、その感情が「正当である」と思えないこともあります。「正当である」と思えていたとしても、当事者以外に共有してもらえる理由を見つけることはなかなか難しい。

 日本のように議論する文化が育っていない社会では、異議申し立てはおろか、疑問視をしただけで、過剰な反応が返ってくることがあります。こうした事情のなかで、私たちが現在、日常的に見聞きする「承認の欠如」において、むしろ、怒りや悲しみは苦悩となって自分自身を追い込むケースが多いのです。

 家族という社会から受け入れられなかった子どもが、でも、自由と平等の市民社会であれば自分は受け入れられる、と思えることは本当に難しいことです。

 なぜなら、大人に成長する過程で自己信頼を育むことができず、自分自身を信じられなくなってしまうからです。その結果、この世界にいても良い、という確信すらも失われてしまいます。

 さらには学校でいじめを受けた子も、ワーキングプアと見なされる人も、ブラック企業でパワハラを受けた社員にも、別の次元で「承認の欠如」が起きていると言えます。

 先に触れた、3つの社会的「承認」に照らしてみましょう。その所属する社会の他のメンバーから、身体に暴力を振るわれる、自由を与えられ平等な扱いをしてもらえない、そして、これまでの成果や、能力、個性を理由もなく過小評価される、といった事態を「承認の欠如」、あるいは「誤った承認」として挙げることができます。

 次に問題なのは、私は確かにここにいるのに、他の人びとは私を見ようとしない、私の辛く苦しい境遇は明らかなのに他の人びとは誰も関心を持ってくれない、そうした状況です。そうした苦悩を、「透明人間(見えない人間)」の苦悩と呼んでもいいでしょう。こうした苦悩は、自分自身に対して問いを投げかけることにもなります。周囲の人びとが私をそのように扱うのは、私のほうに問題があるのではないのか、と。

 しかし、もしもそこでの「承認」のほうに欠けているものがあるとしたら、あるいは誤った「承認」をされていたとしたら、どうでしょう。それまでの私のアイデンティティは、本来はそっちのほうが正しいものであったにもかかわらず、歪んだ方向へとかたちを変えていくかもしれません。存在不安、社会への帰属意識の弱さ、義務感や関心の欠如、自分自身の過小評価、それらが当事者を支配してしまうことになるかもしれません。

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