2024.03.21
日本に、オリンピック・ムーブメントは起きているか?
高峰 修 明治大学 政治経済学部 教授意識改革から始める必要がある日本のスポーツ界
しかし、世界のスポーツ界がこうした問題に向き合い、解決していこうと様々な取組みを行っていることについて、日本ではほとんど注目されていません。ところで、性別の問題でいえば、例えば、オリンピックに参加する日本の女子選手数は男子選手を上回るほどになっていますが、 競技団体の役員や指導者では、男性の占める割合が圧倒的に上回っています。これでは、競技団体の意思決定などに女性の意見がなかなか反映されません。女性が役員などに就いていないのは、学歴や、女性が社会進出しづらい日本の社会構造にも一因があります。図はリオ大会に出場した日本代表選手の学歴を男女別で示したものです。女子に高卒、男子に大卒が多いことがわかります。こうしたわずかな差も、意思決定の場への女性の進出に影響するのだと思います。大学のスポーツ入試制度もこうした視点から考えてみる必要があるでしょう。
さらには、選手時代から、主体性をもった人間に育てようとしない日本のスポーツ指導にも一因があります。男子女子に関わらず、選手は指導者の言うことを忠実に行い、それ以外のことはやらなくていいという指導が昔から続いているのです。これではリーダーとなる人材は育たないでしょう。
また、このことは日本のスポーツ界にはびこる体罰や、セクハラの問題にもつながっています。指導者と選手が絶対服従の関係では、選手は声を上げることができないですし、言ったとしても潰されてしまいます。まずは、意識を変えることが重要です。指導者は体罰を選手の競技成績を上げるための愛の鞭と思っているかもしれませんが、それでは、成果が出るのであれば体罰をしても良いという話になりかねません。ところが、例えばオーストラリアでは、体罰がおこれば、成果が出ようが出まいが刑法で処分されるそうです。体罰は暴力なので、成果が出る出ないの話ではなく、やってはいけないのです。日本のスポーツ文化がより成熟するためには、こうしたことをもっと大事にしなければならないと思います。学生と話をしていると、日本のスポーツ界には性差別がないと思っていたり、場合によっては体罰も許されると思っていることがわかります。そのように育てられてきているのです。まず、自分で考えたり、発言できる人間として選手を育てることが重要です。そうした人材がゆくゆくは指導者や競技団体の役員に就いていくことで、日本のスポーツ界は変わっていくと思います。
オリンピック開催都市・国として成熟した取組みを
本来、2020年のオリンピック開催はこうした変革を起こす絶好の機会です。しかし、その土台となるオリンピズムやオリンピック・ムーブメントについて考えたり語られる機会はほとんどないのではないでしょうか。オリンピックは単なるスポーツ競技会ではなく、個々の人間の成長や相互理解、国際平和を理念とする全世界的な活動です。オリンピズムの理念のもと、文化的な活動も含めた日常的な様々な活動があり、その集大成として4年に1回、世界の人々が集まって大会が開催されるのです。このことを理解せず、競技場のデザインや予算ばかりに注目したり、メダルの数を予想するような話に終始していては、成熟した社会の対応とは言えません。特に大会の開催都市や国は、オリンピズムをどう理解しているか、そしてそれを世界に向けて発信しオリンピック・ムーブメントを推し進める責務があります。あらためてオリンピズムを見直し、それをただ理想とするのではなく、実現しようと取組むことが、いま、私たちに求められているのです。オリンピック開催は滅多に得られない特別のチャンスです。社会を成熟させるきっかけにもなっていくオリンピック・ムーブメントに、私たちはしっかり取組むべき時なのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。