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2025.12.25

“日本の土器”が人類史を変える──極東から広がる新しい考古学

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日本の歴史資源は世界的な知的基盤となり得る

 ところで、現在、日本国内で確認されている遺跡の数をご存じでしょうか。文化庁によれば、その数はなんと約47万か所にのぼります。国土面積が決して広くない日本において、この密度は世界的にも驚異的です。しかも毎年およそ8000件もの発掘調査が行われており、これは他国と比べても際立っています。

 狭い国土でこれほど高密度に発掘調査が行われている国は、世界的にほとんど存在しません。しかも日本の考古学は、発掘の量だけでなく、その後の遺物整理や報告書作成の精度においても極めて高い水準を維持しており、先人が丹念な記録作業と分析技術の蓄積を重ねてきました。日本の考古学は“データ量とそこから情報を丁寧に読み解く点において世界トップクラス”であると私は認識しています。

 さらに特筆すべきは、1万2000年をさかのぼる土器が列島各地で数多く見つかっているという事実です。極東以外の地域では最古の土器がしばしば9000~5000年前の範囲にとどまることを考えると、その古さは際立っています。しかも南北に長い国土ゆえに、亜寒帯の北海道から亜熱帯の沖縄、急峻な山岳地帯から低平な平野まで、異なる自然環境に適応した遺跡が狭い範囲に凝縮しています。つまり、日本という国全体が、過去の人類の営みを再現する“高精度な実験室”のような存在なのです。

 こうした多様な環境のもとで、狩猟採集民はどのように土器づくりの技術を広めていったのか。その過程を日本列島の資料から明らかにすることは、単に極東の島国の地域史を解き明かすにとどまらず、グローバルな歴史観の再構築に貢献します。私は、日本の歴史資源が世界的な知的基盤となり得ると確信しています。

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秋田県上掵(うわはば)遺跡での発掘実習:毎日のミーティングを通して、それぞれの「気づき」を共有し、意見を交換することで、実践的な思考や技能が格段に磨き上げられてゆきます

 しばしば「考古学は社会の役に立つのか?」と聞かれることがあります。私は、「役に立つ」という価値観をあまりに限定的に理解する風潮に対しては慎重であるべきだと考えていますが、そのうえで申し上げるならば、考古学の意義とは“長大な時間の中で社会を考える視点”を与えることにあると思います。

 現代社会は、ときに“今この瞬間”だけで完結しているかのように見えます。けれども実際には、どの時代の社会も過去から未来へと連なる時間の流れの中で成立しています。考古学は三次元的な社会観に時間軸という第四の次元を加えることで、立体的に物事をとらえる視座をもたらしてくれます。

 過去の人々が残した物質的な痕跡に基づいて歴史を復元する営み——それはいわば、時間と空間を超えた人と人とのコミュニケーションです。その広大な視野と想像力は、実用性に閉じた「役に立つ」という価値観を超えていくものだと私は信じています。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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