伝統的な格差や新自由主義で広がった格差に対する不満が集中して爆発
後にチリ暴動と呼ばれるこうした民主化運動は2020年3月下旬まで続き、結果的に2021年、世界で最も若い大統領、ガブリエル・ボリッチを生み出しました。そしてピノチェト政権時代の遺産であるチリの憲法改正の動きにもつながっていきます。
21世紀のチリは新自由主義的な経済政策を取り入れ、一見豊かなように思われます。しかし裏を返せばもともとあった貧富の差、格差社会が物価の上昇とともに拡がっていたのです。
誰もが買うものや使うものは、世界的にも極力、安価に保たれています。とくに中南米では、パンや牛乳、バスや地下鉄の値段は非常に低く抑えられている。2019年10月の地下鉄料金の値上がりも、日本円にすると数円程度なのですが、社会的弱者の鬱憤が積もりに積もっていたさなか、「ここだけは値上げしてはいけない」ところに手をつけたのが、チリ暴動の引き金になったと考えられます。
ビジネスマンや富裕層は車を使うので、地下鉄を頻繁に使う層は、比較的若者が多い。このこともあり、若者たちが駅を占拠し、これまでの政府のやり方なども含めて、さまざまなことに抵抗を示しました。伝統的な格差に加え、新自由主義的な流れで拡がった格差に対する不満が集中して爆発したのです。
新政府による憲法改正会議の最初の座長に、男性でも白人でもない先住民族の女性が選ばれたのも、非常に意義深いことでした。チリの南部には、マプーチェという、歴史の中で土地も言語も文化も奪われた先住民が、大きなグループをつくって存在しています。座長の選定には新政権のパフォーマンス的な側面もあったでしょうが、民主化運動と同じように盛り上がった女性運動やマイノリティたちの活動が大きな意味をもっていたことがわかる出来事でもありました。
また、ラス・テシスのパフォーマンスは、ジェンダー平等に対して積極的に動いているはずの国々でも強く賛同されました。その事実は、世界中にまだまだジェンダー格差や不平等が残っている証だと考えられます。ジェンダー格差の問題は、南米のマチスモの土壌だけにあるわけじゃない。多くの国々において、女性の権利が充分に保たれているとは言えないのです。
一連の運動は、非常に美しい映像で歴史を語るチリの映画監督、パトリシオ・グスマンがドキュメンタリーとして発表しています。政治と芸術が深い関係にあることは、ピノチェト政権下でヨーロッパに亡命したミゲル・リティンが変装してチリに潜入し撮った映像をまとめた映画や、その様子を『百年の孤独』で知られるコロンビアのノーベル賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケスがルポルタージュにした『戒厳令下チリ潜入記』などからもよくわかります。ちなみにラス・テシスは、2020年にアメリカのタイム誌が毎年発表している「タイム 100」(世界で最も影響力のある100人)にも選ばれました。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。