
2019年、チリで起こった反政府・民主化運動の主役は、若者や女性たちでした。なぜこれらの人々が主役となり、なぜ女性解放運動にもつながっていったのでしょうか。その背景には、ラテンアメリカ特有の歴史や文化がありました。
「レイプ犯はお前だ」という衝撃的な訴えが世界中に広がったアートの力
そもそもチリを含むラテンアメリカは、歴史的に家父長制がとても強い地域でした。それを後押していたのがカトリックです。男尊女卑とはまた少し違いますが、マチスモ=男らしさ至上主義が土台となり、「男は女を守ってやるものだ」「女は黙って男に従うものだ」といった伝統が、500年にわたって存在しています。
そのためマイノリティとしての女性は、さまざまなジェンダー格差に苦しんでいました。たとえば警察での尋問の際に屈辱的な扱いを受けたり、性暴力に遭った際、「そんな服を着ていたのが悪い」「そんな道を通るのが悪い」と糾弾されたりと、女性であるがゆえに虐げられてきたのです。
そんな背景を受け、2018年、チリのバルパライソという都市で、舞台系のアーティストやデザイナーなど、4人のアーティストが中心となって「ラス・テシス」を結成。家父長制や女性に対する暴力などに抵抗するパフォーマンスを発表し始めます。
そして翌年にあたる2019年10月、チリで地下鉄料金の値上げをきっかけに、大規模なデモが始まりました。貧富の格差拡大など、社会状況に不満を持つ人々が、首都サンティアゴで自然発生的に反政府・民主化運動を起こします。
駅が火炎瓶による襲撃を受けるなどの暴動が収まらず、セバスティアン・ピニェラ大統領は、非常事態宣言を発令。軍隊に治安維持権限を譲り、民衆を抑圧するような行動に出ます。そんな1974~90年のアウグスト・ピノチェト大統領による軍事政権を彷彿とさせる対応が、さらに民衆の反感を買ったのでしょう。デモ参加者らと軍隊との衝突は激化し、放火による死亡事故まで発生しました。
その流れを受けて、ラス・テシスは首都サンティアゴで、言葉をリズムに載せるチャントと、ジェスチャーのような振り付けによるパフォーマンスアートを発信。チャントの内容は、直訳するなら「レイプ犯はお前だ」という意味で、家父長制やマチスモ、既成の権力構造が女性への暴力を許しているという告発でした。目隠しをし、チャントを叫び、尋問の際に裸でスクワットをさせられた様子を再現するなど、女性であるというだけで不当な扱いを受けるチリの現状が表現されたのです。。最初は50人ほどでのパフォーマンスだったのが、民主化運動で逮捕された女性が屈辱的な待遇を受けることもあり、共鳴の輪が広がります。
翌月25日の「女性に対する暴力撤廃の国際デー」では、このチャントを歌いながら踊るという数千人規模のパフォーマンスに拡大。アルゼンチン、メキシコ、ブラジルなど中南米各地だけでなく、スペイン、フランス、ドイツ、ベルギー、アメリカなど欧米でもこのパフォーマンスが繰り広げられ、翌年3月8日の「国際女性デー」では、世界中で女性運動の賛歌となりました。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。