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あらためて考える、プリンセス・ダイアナという希有な存在

泉 順子 泉 順子 明治大学 商学部 教授

2022年、イギリスの元皇太子妃であったダイアナを描く映画が立て続けに2本公開されました。ダイアナ妃が亡くなって25年が経ちますが、彼女の魅力や、人々の共感を呼ぶ力は薄れていないことが感じられます。それはなぜなのか。彼女の行った活動をあらためて見てみましょう。

英国病の社会に明るい未来を予感させたプリンセス

泉 順子 2022年、イギリスの女王エリザベス2世が逝去し、イギリス中が悲しみに包まれる報道や映像に接し、25年前を思い起こした人も多かったかもしれません。それは、元皇太子妃であったダイアナの葬儀です。

 彼女が当時のチャールズ皇太子と暮らしていたケンジントン宮殿をはじめ、ダイアナや王室ゆかりの宮殿や城は国民からの無数の献花で覆い尽くされました。

 一方、ダイアナを、皇太子と離婚して王室を離れた民間人とみなし、沈黙していたエリザベス女王は、国民のこの深い弔意に動かされ、テレビの生放送で弔辞を行うという異例の対応をとらざるをえませんでした。そのため、この献花は「花の革命」とも呼ばれているほどです。

 皇太子妃であった頃はもちろん、王室を離れてからも、なぜ、ダイアナはイギリス国民からこれほどまでに愛され、そして、いまでも愛され続けているのか。それは、ダイアナというひとりの女性がたどった足跡を見ていくと、見えてくるものがあります。

 第二次世界大戦後、イギリスは福祉政策に力を入れて国を復興させていきます。しかし、1970年代になると、手厚い福祉を持続するための負担に社会全体が疲弊するとともに、競争力の意識が薄れ、英国病と言われるほど国民の活力や意欲が失われていきます。

 1979年、そうした社会の変革を期待されて誕生したのがサッチャー政権です。

 彼女が打ち出した新自由主義経済政策の根幹となる「自己責任」や「自由」、「選択」は、当時は非常に斬新な考え方でした。国民にとっては、従来の生活観が一変するほどのイデオロギーによって、変革が推し進められることになるのです。

 そのサッチャー政権誕生の2年後の1981年、チャールズ皇太子と結婚したのがダイアナです。

 そもそも、チャールズ皇太子は世界一ハンサムな男性と注目されていたほどで、様々な女性との噂がありましたが、そこにダイアナという名前はありませんでした。国民にとっては、本当に不意に現れた、おとぎ話の中のお姫様のように感じられたのではないでしょうか。

 その歓迎ぶりは尋常ではなく、巻き起こったダイアナ・フィーバーはとてつもない経済効果を生みました。

 一方で、冷静に見てみると、ダイアナが、突如、皇太子妃に選ばれた背景には様々な思惑があったのかもしれません。

 まず、彼女の容姿です。明るいブロンドヘアで、若々しく、天真な表情で、少年のような体つきなのに、ときにセクシーで、しかも上品でエレガントでもあるダイアナは、イギリスの未来に明るいイメージを予感させる存在にふさわしかったと言えます。

 また、ダイアナの生家は、王室を凌ぐほどの名門貴族であるスペンサー家でした。

 そもそも、いまのイギリス王室はドイツのハノーヴァー公を祖とします。第一次世界大戦中の1917年に、エリザベス女王の祖父に当たるジョージ5世がより「イギリスらしい」ウィンザーに改名し、女王エリザベス2世はそれを継承しました。

 つまり、それまではドイツ的でもそれほど問題がなかった王室が、イギリスの国民統合のシンボルを担う存在、ある意味、イギリスのアイデンティティとなっていく中で、イギリスらしさをより強めるようになっていくわけです。

 サッチャー政権発足後、まだ先行き不透明で閉そく感の漂うイギリス社会に突如現れた、若くて美しいプリンセス・ダイアナは、希望溢れる未来のシンボルとして、そして、同時に、その英国貴族としての血筋により、誇り高きイギリスの伝統と歴史を再確認させてくれるような存在だったように思えます。

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