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アナーキズムは、すべての人の、ひとりひとりの中にある

田中 ひかる 田中 ひかる 明治大学 法学部 教授

アナーキズムから始まる「今・ここで」変えていくこと

 では、日本はどうでしょうか。先進国と言われる国に住む私たちは、自然を支配し、破壊していくことで膨大なモノやお金を所有したり消費できるようになったわけですが、それが自分たちの住む地球を壊滅させる行動でもあったことを、いまになって思い知っています。

 だれのなかにも、幾ばくかはアナーキズム的な考え方はあるはずです。しかし、「豊かさ」を得たいという欲望のために、モノやお金によって支配されることを選んでしまったのかもしれません。

 こういった資本主義が生み出す問題を解決するために、20世紀になり、社会主義国家が建設されました。しかしそこで人びとは支配と抑圧を受けました。1990年代までにそれらは消滅しましたが、今度は、資本主義国家もトップダウンや中央集権といった「支配」を強め、しかも、「他に選択肢はない」と言われるようになりました。

 この出口のない閉塞感を、人びとは「息苦しい」と表現するようになりました。それが、いま、アナーキズムへの関心が高まっている背景にあるのではないでしょうか。

 しかし日本にも世界にも、自然と共生しながら、強力な支配を社会に持ち込まないで生きていく人びとがずっといました。

 例えば、日本のアイヌの人たちを含めて、世界中には先住民と言われる人たちがいます。彼らは、支配を前提とした社会制度を構築していません。

 それは、住民同士の間だけでなく、人と自然の関係もそうです。彼らは自然と共生することで、7代先、10代先に繋がる持続性を確保していました。

 そもそもアナーキズムは、ふとした瞬間に、人びとの考え方や行為の中に現れるものです。

 例えば、東日本大震災で沿岸地域が壊滅状態になったとき、困難な状況に陥った人たちに、まず、手を差し伸べたのは、同じく困難な状況にあった人たちです。

 大災害によって制度が停止してしまった、ということは、人びとが制度という枠を失ったことであり、同時にそこから自由になったということでもあります。その中で、ひとりひとりができることを自ら判断して行動を起こした、ということではないでしょうか。それは、まさにアナーキズムなのです。

 女性解放を訴えたフェミニストであり、アナーキストのエマ・ゴールドマンは、未来の理想を描くのがアナーキズムではない、私たちの生活の中で常に創造される新しい状況こそがアナーキズムだ、と述べています。言い換えると、「今・ここで」、「支配のない状態」という理想に沿って、自分にとって、そして私たちにとっての新しい状況を、自分自身が創造していくことこそが、アナーキズムなのです。

 その意味では、ドイツの若いアナーキストたちの活動は、そんな一歩なのです。私たちも、日常の生活の中で、支配されない、支配しない、手を差し伸べ合う、人任せにしないで自分たちのことは自分たちでやる、という、人のなかに本来あるアナーキズムによって、人らしい自由を取り戻すことを意識することで、自分自身から変わっていくと思います。

 学生の皆さんは、大学での4年間は、どんな学部で、どんなことを学ぶのであれ、ときどきでいいので、アナーキズム的な考え方や生き方もあるということを思い出してほしいと思います。そのためには、既存の考え方や生き方に縛られるのではなく、多様な生き方や考え方から学ぶ必要があります。それによって、自由に学び生きることを良しとする価値観をいつの間にか持つことができるようになると思います。

 現実の社会にはさまざまな支配があります。それは一朝一夕に変わるものではありません。しかし、その社会で生きながらも、それとは違う考え方や生き方があることを知っていれば、それは、支配のストレスで苦しむことになるかもしれないあなたを救うよすがになるかもしれませんし、「今・ここで」変わっていくきっかけになるかもしれません。

 社会人の皆さんにも、そんな価値観があることを思い出してほしいと思います。アナーキズムは、すべての人の、ひとりひとりの中にあるものなのですから。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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