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先住民族が滅びる民というなら、先に滅びるのはきっと私たち

中村 和恵 中村 和恵 明治大学 法学部 教授

自由に能動的に事実を見るために必要な知的好奇心

 いま私は愛国主義的アナキズムというおもしろい発想について考えています。そんなばかな、と思われる方がほとんどではと思いますが、これはアメリカの人類学・政治科学者のジェイムズ・C・スコットほかの仕事に励まされて、いままで考えてきたことを、こういう言い方で表現してみるのはどうか、と考えたのです。この場合の「国」とは政治的な存在である近代国家(ステイト)ではなく、日本語的な用い方での「邦」、クニ、私の故郷という意味あいです。ナショナリズムというより、パトリオティズムと言ったほうがわかりやすいかもしれません。パトリア、すなわち、私たちひとりひとりの故郷ということです。

 クニの主体であるネイション、民というのは、実は厳密な境界を引くことはできない、つねに周りと混ざりあいながら、それでも集団としての認識をさまざまなかたちで保持している人々です。民は、近代国家の国境の内側や、境界線にまたがって、つねに複数存在しています。近寄ってみればどんな国家にも複数の民がいます。

 民と国家が結びついて、国民国家(nation state)が成立するのは18世紀末のフランス革命からといわれています。人類の歴史の中では、ごく最近、生まれた概念ということになります。ですが海により仕切られた国境線と国家、言語文化、そして民をまったくひとつのものと考えがちな日本人は、これをなにか自然なことのように、丸呑みしていることが、まま、あるのではないでしょうか。

 国家と、愛する故郷と、民族・言語文化と、個人の所属意識は、てんでばらばら関係ない、それがむしろ普通だ、と言うと、混乱される人が多いように思います。でも、都市に住むワルピリのアーティストを考えてみれば、すぐわかります。パスポートの国政はオーストラリア、でも故郷はといわれれば中央砂漠の岩山を想い、ワルピリ語が母語で、でも現代美術こそ自分の生きる場所だから、都市で英語を使って暮らしている。むしろこういう人が、普通の現代人ではないでしょうか。

 スコットの研究対象である東南アジア各国の国境にまたがる諸民族や、国を持たない世界最大の民族といわれるクルド人、そのほかアフリカ大陸や南米大陸の数々の民について読むと、彼らのナショナリズムと国家はむしろしばしば対立しています。国家制度に統治されない民の愛「邦」のありかたを、混乱や紛争の種と考えるのは、統治する側の視線、例の新参者の態度ではないでしょうか。むしろ問題は、そこで昔からの民と話し合い交渉する手間を省いてしまう、新参者の側にないでしょうか。

 アイヌ語に「チャランケ」という言葉があります。立場が異なる者たちが論陣を張り合う、いわばディベートのような議論のことだそうです。そうしたことは苦手、という人が日本人には多いといわれています。でも、異なる人々が隣り合って暮らしていくには、これを避けていてはダメなんだと思います。難しいけれど、これを学ぶことが、実は日本の高等教育の場で、大変重要なのではと想うのです。

 教育の現場から感じることを最後に申しますと、私たち自身の内側にもさまざまな矛盾がありますよね。そうしたいわば、自分の内のチャランケを避けず、どう折り合いをつけ、どういう基準でなにを選択していけば良いのか。さまざまな価値基準が揺らぐ現在、悩む人は多いと思います。

 気になるのは、マクロ的な視点ばかりに頼る傾向です。まるで統治者のような上から目線になるのではなく、個別の事象を注意深く、近寄って見ることが大切ではないでしょうか。ものごとのひとつひとつを具体的に詳しく見ることで、真実に気がつくことがあると思います。そのためには、この情報化社会で、黙っていても与えられる情報をただ受動していてはいけないと思います。能動的に情報を得る、自分で調べに行く(インターネットの中でも、現実社会でも)ことが大切です。それを支えるのは、やはり知的好奇心だと思います。

 与えられる情報で満足した気にならず、自らの好奇心に従って情報を得に行くこと。コロナウイルス感染拡大で国内外の旅行も難しいいまなら、空間が広く管理もしっかりしている博物館に行く、という選択もあります。おもしろい、知りたい、すべては私のことだから、好奇心を殺さずに生きたいと、私自身毎日、思っています。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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