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子どもの権利を見落とす/教師の権利も見落とされる「ブラック」な学校

鈴木 雅博 鈴木 雅博 明治大学 情報コミュニケーション学部 准教授

現状を解剖し、それを基に自分たちで答えを考える

鈴木 雅博 では、こうした問題に対処するにはどうすれば良いのでしょうか。いろいろなアプローチがあると思うのですが、私は、まず、人びとが話し合う姿をしっかりと分析することに取り組んでいます。

 これを「解剖」と呼んでもいいでしょう。「解剖」とは、目の前にあることの成り立ちを細かに見ていくことです。私たちは物事を考えやすくするために、そこにラベルを貼って単純化してしまいがちです。しかし、それによって、取りこぼされてしまうものもあるはずです。

 例えば、「教師は話し合いのなかで、『子どものため』という言葉を用いることで、自らの労働を強化してしまう」といった主張をよく耳にします。

 しかし、「子どものため」という考えを参照しながらも、教師の働く時間が短縮されたケースもあります。

 下校時刻の見直しが議題となったある会議では、部活動に打ち込む生徒の思いに応えたいとの意見がある一方で、生徒の帰宅時間を早めて家庭学習の時間を確保させたいという意見や、安全な下校を考えてなるべく明るいうちに帰宅させるべきという意見がありました。

 最終的には、安全な下校が優先され、原案よりも多くの期間で下校時刻を繰り上げることが決定されました。この結果、教師の事実上の勤務時間がいくらか短くなったのです。

 ここでは、どの意見も「子どものため」という言葉と結びついています。しかし、それらのすべてが教師を労働強化へと導くわけではありません。ただし、本来は仕事の話なのに、「労働」を枠組みとした議論が力を持ち得なかったことにも注目する必要があるでしょう。

 この事例は、「子どものため」という規範も、それを誰がどのように参照するかによって、異なるはたらきを持つことを示しています。

 特定の言葉が単純にある方向への力を強めるという見立ては、短絡的に過ぎるものですし、その言葉自体を批判しても、あまり実りがあるようには思えません。

 もちろん、こうした作業をしてみても、すぐには人びとの権利に基づいた話し合いが実現するわけではありません。

 ですが、耳馴染みのある言葉やモデルによって、話し合いのありようを単純化してしまうよりは、まず、自分たちが行ってはいるけれども、うまく説明できない事柄を丁寧に記述し、当事者自身に知ってもらうことが大切なのだと思います。

 そうした「解剖」を進めることが、民主的な議論に向けた第一歩になるのではないでしょうか。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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