Meiji.net

2023.10.25

なぜ「哲学的思考」はビジネスで活きるのか

なぜ「哲学的思考」はビジネスで活きるのか
  • Share

近年、哲学の考え方をビジネスに応用しようという試みが広がっています。グローバル企業が哲学者を招いたり、大学で哲学を修めた人たちが次々と革新的なサービスを世界中に提供しているのです。「役に立たない学問」の代表として見られがちな哲学ですが、なぜいま、ビジネスの世界で大きな注目を集めているのでしょうか。

哲学は長期の価値を創造する

畑 一成 哲学というと、「善」や「美」や「真」にかかわる抽象的思弁へ沈み込み、実社会に生起する問題には関与したがらない、そんな学問のように思われるかもしれません。

 しかし、物事の究極的な根拠に迫り、対象の本質を暴こうとするのが哲学です。そうした過程をしっかり経て作られた価値は、単なる「思いつき」ではなく、その上に様々な構想を展開できる「土台」になります。

 私は大学の教員になる前には、日本で初めて哲学を事業内容とした「クロス・フィロソフィーズ株式会社」で哲学コンサルタントの仕事をしていました。哲学コンサルティングは哲学の専門知や思考をビジネスや組織運営に応用しようとする試みで、すでに欧米では一定の広がりを見せています。

 私がいくつかの企業をまわったり、調べたりするなかで気づいたのは「中長期の目標がわからない」「目の前の案件の改良方法がわからない」という悩みを抱えている企業が多いことでした。では、普段はどのように対処しているかというと、おおむね「社員を集めてアイデアを出し合う」「マーケティングをして、トレンドに合わせたものを試作してみる」といったものに絞られます。

 しかし、「思いつき」を試してみては捨てるというブレインストーミング的な運任せの体当たりを繰り返すだけでは、やがて資金もアイデアも人材も枯渇してしまいます。また、その場しのぎのアイデアで満足して本質的価値を探ろうとしませんから、中長期を支える価値の創造もできません。

 他方、哲学は一時的な「答え」や「解決策」を最重視するのでなく、むしろ「問い」のほうを見極め、それを深めていくことによって物事の本質に触れようとします。換言すると「わからなくなったときにどうするか」こそが、伝統的に哲学が取り組んできた課題なのです。

 ビジネスを例にしましょう。仮に、すでにモノが世の中に溢れていて、いま、私たちに必要なモノは全てあるとします。もはや、需要を供給で満たせば商売は成り立つという考え方は用立たない。しかし、それでもなお商売のためにモノを売り続けなければならない。このような状況でどうすればよいでしょうか。

 あなたが経営者ならば、マーケティングリサーチをする、データを見てトレンドを把握する、PRにもっと力を入れる、というふうに答えるかもしれません。しかし繰り返しますが、顧客はすでに欲しいモノを手に入れています。たとえ競合他社のシェアを奪うことができたとしても限界は見えています。

 そうなるともう、新しい価値を作って売るしかありません。そして実のところ、ほとんどの企業はその必要性をすでに知っています。従業員たちも経営側から「企業の新たな課題は価値創造である」「求められるのはイノベーションだ」と何度も聞かされているはずです。

 にもかかわらず、それがうまくできないのはなぜでしょう。それはやはり、物事の本質を探ろうとしていないからではないか。であればこそ、哲学という学問が重要になるものと私は思います。

英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

  • Share

あわせて読みたい