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2023.10.25

なぜ「哲学的思考」はビジネスで活きるのか

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哲学はイノベーションを助ける

 近年では、哲学をビジネスと結びつけようとする試みが国内外を問わず多くみられます。とくに、アメリカにおけるIT企業と哲学とのかかわりを無視することはできません。インスタグラムの共同創業者マイク・クリーガーや、リンクトインで知られる起業家のリード・ホフマンが大学機関で哲学を学んでいたことは有名です。

 彼らは特にスタンフォード大学のシムシス(Symbolic Systems)というプログラムを修了しています。このプログラムではコンピューターサイエンスだけではなく、哲学もコアコースとして設定されています。こうした、哲学を学んだIT企業家は、国家や文化を超えて数億人が活動するプラットフォームを作ることに成功しています。

 企業が哲学者を雇い入れることも少なくありません。有名どころでは、アップルは企業内哲学者(In-House Philosopher)として政治哲学者のジョシュア・コーエンを雇用しています。

 コーエンの仕事内容は公式には詳にされていませんが、同社がやろうとしているのは社会の土台そのものをひっくり返すイノベーションであり、社会全体を支える新たなプラットフォームの構築です。私の推測ですが、政治システムのなかでそれらがどのように実現されるのか、あるいはそのインパクトや社会階層への到達深度を予測するため、熟議民主主義や公共的意思決定の議論で知られるコーエンを雇い入れているのではないかと思います。

 哲学は、組織運営の方法論に関しても手がかりを与えます。たとえば知識経営の生みの親として知られる経営学者・野中郁次郎氏は、自他の感覚の経験と認識に着目するフッサール現象学の「相互主観性(間主観性)」と、科学哲学者マイケル・ポランニーのいう「暗黙知」の概念が、自身の組織的知識創造のプロセスモデルにとって大きなヒントとなったと明かしています。

 ポランニーは言います。「私たちは言葉にできるより多くのことを知ることができる」と。しかし、その知の多くは言葉に置き換えられない。例をあげると、子供に自転車の乗り方を教えるとき、口で「ハンドルをしっかり握り、倒れぬようにペダルを漕ぐのです」と言うのは簡単ですが、実際に身体のバランスをとる運動感覚は、その子供の内的経験によって非言語的なかたちでのみ理解されえます。

 こうした暗黙知を他者に伝達するのは容易ではありません。ビジネスにおいては、成績の良い営業パーソンが体得した独自の営業手法や、現場の製造責任者のみが直観できる工場機械のコンディションといったものが、言語化(マニュアル化)されていない個人の暗黙知だと言えるでしょう。

 個人の感覚的・主観的・非言語的な事柄を、会社組織としていかに共同化させ、集団の形式知へと変換できるか。その問いをめぐる考察と実践において、哲学と経営学は確かに繋がってみせるのです。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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