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企業の成長を促すレッドクイーン型競争には、落とし穴もある

牛丸 元 牛丸 元 明治大学 経営学部 教授

レッドクイーン型競争の落とし穴に陥らないために

 しかし、レッドクイーン型競争にはいくつか落とし穴があります。

 私は、日本における携帯電話メーカー11社の製品308機種の動向について調査してみました。

 すると、携帯電話における日本のフューチャーフォンは、ガラパゴス携帯と言われるほど進化していたことがわかりました。他国の製品が追随できないまでに多機能化、高機能化したわけです。それほどまで日本のメーカー同士のライバル意識は強く、激しい競争が続いていたのです。

 その結果、日本市場では日本企業の生存率が極めて高くなりました。つまり、いわゆる「ガラケー」とは揶揄する言葉ではなく、むしろ、この状況の結果を称賛するような言葉だったのです。

 一方、その頃、諸外国ではスマートフォンが出回り始めていました。それが日本にも現れたとき、日本メーカーの多くが対応に苦慮しました。

 つまり、フューチャーフォンに偏り過ぎた日本企業同士の競争によって、マイオピア(近視眼)に陥っていたと言えます。

 こうした激しい競争が引き起こすのはマイオピア現象ばかりではありません。

 ある特定の分野において競争を勝ち抜いた企業ほど、新しい分野に参入したときに失敗しやすい、といった研究結果もあります。自社の勝ちパターンを変えることができないという組織慣性の問題です。

 レッドクイーン型競争は、企業の進化を促進するものですが、行き過ぎると逆に妨げともなります。促進要因と阻害要因は両刃の剣であり、最適点がどこにあるのかは、その企業がおかれている競争状態や業界によって異なることが考えられます。

 現在、私は、この最適点がどこにあるのかを実証的に探っていますが、そのためには、大量の2次データとパネルデータ分析や生存時間分析といった、経営学ではあまり使用されない分析方法を使って検証しなければなりません。

 時間はかかりますが、この問題を解決することで、企業に対し、当該企業との有効な競争がどういうものであるのかを、指摘できるようになるのではないかと考えています。

 また、私は、レッドクイーン型競争の研究に加え、高包摂組織の研究も進めています。これは、ダイバーシティを活かす組織のあり方に関する研究です。

 少子高齢化が進み、労働力人口が減少し続けている日本では、従来のような男性中心の単一組織では生き残ることは難しくなります。

 ところが、男性中心の単一組織で成功してきた日本企業は、ここでもマイオピア現象に陥っていて、多様な労働者の能力を活かす労働環境の整備を二の次にしていたのです。その結果、グローバルスタンダードから大きく後れを取ることになっています。

 それが、日本の企業からイノベーションが生まれにくくなっている大きな要因になってるのかもしれません。

 しかし、逆に言えば、日本企業には伸びしろがあると言えます。高包摂組織の研究はそこに関わっていくものと考えています。

 最後に、レッドクイーン型競争は、組織だけでなく、個人にとっても当てはまります。

 例えば、特定の同僚や先輩をライバル視して切磋琢磨することは、自分の能力を高めることに繋がります。しかし、やはり、マイオピア現象に陥り、職場環境の変化や新たな業務などについていけないということにもなりかねません。

 マイオピアに陥らず、広い視野をもつためには、副業などをやってみることも良いと思います。それは、特定のライバルから学ぶだけでなく、多様な価値観を学ぶきっかけにもなるはずです。

 高包摂型の個人になることも、これからの社会を生き抜くために必要なことだと思います。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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