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KAMの導入によって企業と環境変化が理解できる

小松 義明 小松 義明 明治大学 専門職大学院 会計専門職研究科 教授

KAMは学びの素材にもなる

 KAMのデメリットはあるのでしょうか。KAMが導入される前は、企業側には、監査人に検討され、公表されたことが企業のイメージダウンに繋がるのではないか、といった懸念がありました。しかし、KAMの運用が始まると、証券市場や社会から、自分たちはどのように見られているかといった意識が高まり、それが情報開示の動機づけになったという企業が多く、KAMの導入は企業にとっても良かったという声があることが調査から明らかになっています。企業の情報開示に対する意識の変化は、不正の抑止に貢献すると期待されています。KAMは、経営者の行動を律し、コーポレート・ガバナンスにも貢献することが期待されているのです。証券市場、ひいては社会全体からコーポレート・ガバナンスのしっかりした企業とみなされることは、企業のイメージアップに繋がり、成長にプラスに働くと考えられます。そういった意味でも、KAMは会計と監査の分野だけでなく、企業活動そのものに関わる大改革であると思います。

 一方、KAMの課題は、これまでの監査報告書自体がそうであったように、定型文や紋切り型の記載になることです。これは、ボイラー・プレート化と呼ばれます。どれも同じ表記という意味です。そうなると、再度、監査人の存在意義が疑われることになりかねません。これは絶対に避けなければなりません。実は、フランスではKAMと同様の制度を2000年代初頭より始めましたが、結局、記載内容がどれも同じような横並び状態になってしまい、有効に機能させることができませんでした。確かに、今回のKAMにおいても、各企業のビジネス・モデルを踏まえると、監査人が注目するポイントは、毎年同じになることが想定されます。そうなると、単に監査報告書が長くなっただけで、KAMの意義が失われ、結局形骸化につながりかねません。

 しかし、フランスの例があったためか、ヨーロッパ各国の監査人は非常に工夫した記載に取り組んでいます。しかも、現在、企業を取り巻く環境は激変しています。その環境とは、コロナ禍、戦争によるエネルギーや食糧危機、急激な円安の進行などです。これらは企業の業績として財務諸表に反映されます。また、最近では気候変動や環境問題に対する企業の取り組みにも大きな関心が集まっています。企業が置かれている状況を、会計と監査の専門家である監査人の目をとおして読み解き、ひいては私たちを取り巻く環境変化について説明してくれるのがKAMであるということができます。

 投資などに興味のない人は、財務諸表も監査報告書もあまり縁のないものかもしれません。しかし、KAMは、一般の皆さんにとっても現実の経済や企業経営に関する意識を高める手掛かりを与えてくれるのではないでしょうか。KAMは、会計を学ぶ学生にとっても、企業活動や現実の監査人の業務など理解できる、これまでにない非常に有効な教材になっています。KAMが記載された監査報告書は、各企業のホームページのIR情報などに公開されているので、だれでも簡単に見ることができます。一度、KAMを読んでみてはいかがでしょうか。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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