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貿易金融がなければ、リスクに満ちた貿易が発展することはなかった

努尓買買提 依克山 努尓買買提 依克山 明治大学 政治経済学部 専任講師

貿易金融の研究が貿易施策の提言に繋がる

 貿易金融は、貿易の活性化のためになくてはならない仕組みですが、実は、国際経済学や国際貿易の分野において、学術的な研究が他のテーマに比べて遅れている分野なのです。

 そのため、エビデンスや知見の蓄積がまだ少なく、国際経済学の分野の中でまだナレッジギャップが大きく残っています。しかし、これは貿易金融が研究に値しない、ということではありません。

 例えば、リーマンショック後の数年間、世界的に貿易金融の研究が盛り上がった時期がありました。リーマンショックによって世界各国のGDPが急激に落ち込みましたが、国際貿易の規模はその倍以上落ち込んだのです。それはなぜか、と単純な疑問が研究者たちの注意を惹きました。

 その主な要因として考えられたのは、当然、世界規模で需要の落ちこみ、市場が冷え込んだことです。

 しかし、それだけでは貿易の落ち込みを全て説明することはできません。そこで、もうひとつの要因として考えられたのが、リーマンショックによって最も打撃を受けたのは金融機関であり、そのためL/C取引などの貿易金融を行う余力が失われたからではないかということです。

 実際、国際機関などのワーキンググループの分析をベースに、2009年のG20ロンドンサミットでは世界全体で数十兆円規模の貿易金融支援を行うことが決定されました。つまり、国際貿易にとって、貿易金融は必要不可欠であり、貿易を活性化させるためには、貿易金融をてこ入れする必要があると結論付けられたわけです。

 しかし、喉元過ぎれば熱さを忘れるではないですが、リーマンショック後の一時的な盛り上がりはあったものの、その後貿易金融がかつて程注目されなくなったのは事実です。しかし、まだ学術的な知見が十分ではないだけに、政策的なインプリケーションを提供するためにも、分析・研究を重ねることが非常に重要であることは言うまでもありません。

 国際経済学の理論的な枠組みの中で貿易金融のメカニズムや効果に関するナレッジギャップを埋めることができれば、より的確なインサイトを提供することができ、それがより良い施策に繋がっていくのです。

 実際、いま、ミャンマーで軍事クーデターが起き、社会が混乱するとともにミャンマーの市中銀行の業務が強制的に停止されています。このミャンマーの混乱がいつまで続くのか、いまの時点ではわかりませんが、もはや一国の経済活動が貿易無しでは考えられない以上、潤滑な貿易取引を維持するためにはなにをしなければならないのかを考えなくてはなりません。

 もちろん、社会に混乱をもたらすようにイベントが発生した場合、潤滑な貿易を維持するために実務上重要になるポイントはたくさんありますが、今回のように銀行の業務が外生的な要因によって影響を受けた場合、貿易金融の重要性が認識されていなければならないでしょう。

 すると、銀行業務すべてではなくても、貿易金融に限って業務を再開させたり、政府による一時的な市場への貿易金融の注入などの施策も考えられるようになるわけです。貿易金融の重要性が十分に認識され、政策的なインプリケーションを持つ学術的な知見が十分に蓄積されていれば、混乱が発生している国やその国の貿易相手国においても、貿易を円滑に行うための施策がより包括的に議論・施行されるようになるわけです。

 こうした提言を行えるようになるためにも、今積極的に進められている「エビデンスに基づく政策立案(EBPM)」のように、学術的な研究を通じて貿易金融のナレッジギャップを埋めることはとても重要なのです。

 最近では、学術的な研究以外のところで貿易金融が盛り上がりを見せており、ブロックチェーン技術を活用した貿易金融供給の実証実験が各国で始まっています。

 ブロックチェーンを上手く活用できれば、1回の貿易に関わる最大で20ほどの機関の間で2~4週間かけて処理される何百枚にも上る書類の作成や確認作業が大幅に短縮されたり、ブロックチェーン上での各書類の真贋の確認、更新の実施やステータスの確認がリアルタイムでできたりなど、貿易の実務全体がよりスムーズになることが期待されます。

 すなわち、これも、貿易金融の洗練化の流れのひとつであると言えるのです。より短い時間での処理はリスクの削減と同意と言っても良いでしょう。今後このような流れがさらに拡大した場合、その特徴を踏まえた形での貿易金融研究の新たな展開が必要となります。現実社会は加速度的に、既に想像を超えると言っても良いスピードで発展しています。そのような社会の中できちんとメカニズムを解明し、学術的な知見を提供するという作業に終わりはないのです。

 皆さんが日々こうした貿易業務に直接関わることは、それを仕事とされている方以外ではほとんどないかもしれませんが、貿易が私たちの身の回りの商品のバラエティや選択肢を広げたり、同じ財をより安価に購入できるようにしてくれるなど、我々の生活の満足度を引き上げるのに貢献していることはご理解いただけると思います。

 すなわち、私たちの生活をより豊かにすることに繋がる貿易を、よりスムーズにするための研究のひとつが、貿易金融の研究なのです。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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