
人生のターニングポイント考え続けた時間の長さが、いつか大きなひらめきを生む
教授陣によるリレーコラム/人生のターニングポイント【84】
天才的に頭の良い数学者が、ある日突然すごいアイデアをひらめいて、いとも簡単に難問を解いてしまう。数学に対してこのようなイメージを持っている方もいるかも知れませんが、それは誤解です。たしかに、あるときふとアイデアをひらめくというような体験はありますが、現実にはそこに至るまで四六時中、その問題のことを考え続けているのです。この考え続けた時間こそが、ひらめきをもたらす大きな要因なのではないでしょうか。ありきたりな言葉ですが、努力を積み重ねている人が結果を残すのだと、周囲の優秀な研究者を見ていても実感するところです。
私が研究者として初めて書いた論文も、そんな時間の集積とひらめきの賜物でした。それは著名な数学者が1990年代に提起した未解決問題についてで、私は修士の頃からその問題に関連した研究を行ってはいたのですが、到底自分が解ける問題だとは思っていませんでした。それでも頭の隅ではずっと考え続けていて、ある日アルバイト先から帰る電車の中で、ふとある解き方がひらめいたのです。急いで家に帰って、その解法が正しいことを確かめました。
その分野では誰もが知っているような問題を自分の手で解くことができた経験は大きな自信になりましたし、まわりの研究者からも評価していただいて、研究者の道へ進むことを決意するひとつの大きな要因になりました。振り返ってみれば、私にとってのターニングポイントと言えるかもしれません。
多くの分野の研究は毎日少しずつ結果を積み重ねていくものだと思いますが、数学の場合は、問題が解けないかぎり進展はありません。結果が出ずにあれこれ考え続ける日々がずっと続き、ある日突然、突破口が開けるという繰り返しで、一年365日のうち研究が進んだと思える日は10日もないかもしれません。それでも研究を続けていられるのは、世界中で誰も解いたことのない問題の答えを知りたいという知的好奇心のためであり、努力は裏切らないということを身を持って学んできたからでもあるでしょう。
ひらめきは一瞬かもしれないけれど、そこにどれだけの時間を費やしたかが結果を決める。たとえ天才に見える人でも、やはり相応の努力を積んだからこそ結果を出せているのだ、と日々自分に言い聞かせています。もちろん運の要素もありますが、運が良いだけでは見過ごしてしまうようなひらめきをキャッチできるのは、やはり努力を続けた人なのではないでしょうか。そして、好きなこと、楽しいことであれば努力は苦になりません。私自身、そうした環境で研究を続けられていることは本当にありがたいと思っています。
今も考え続けている問題はいくつもありますが、その時間は決して無駄にならないという確信があります。もしかすると、明日には他の人が答えにたどり着いてしまうかもしれません。それでも考え続けたことはどこかに波及して、思いもよらない結果をもたらしてくれると信じて研究に取り組んでいます。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。