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日本がアメリカの大統領選挙に学ぶこと

  • 明治大学 政治経済学部 教授
  • 海野 素央

今年はアメリカの大統領選挙の年です。世界に影響力のあるアメリカだけに、その大統領に誰が就くのか日本でも注目されています。さらに日本にとっては、その選挙活動にも注目すべき点があるといいます。

アメリカ大統領選挙にいま吹き荒れている風

海野 素央 今回のアメリカ大統領選挙の候補者たちの主張を見ていると、大きな特徴があることがわかります。それが最も際立っているのが共和党のトランプ氏です。彼の主張のベースは、まず、反職業政治家(既存の政治家に対する怒り)。次に、反エスタブリッシュメント(既存の支配階級層に対する不満)。そして、反インサイダー(ワシントンの上下院議員と各州の知事に対する不信)です。つまり、オバマ大統領を中心としたこの8年間の政治に対する有権者の怒りや不満、不信、裏切られた気持ちを代弁しているわけです。面白いことに、極右のトランプ氏と極左のサンダース氏も反職業政治家、反エスタブリッシュメント、反インサイダーの風を読んだ選挙戦略を展開しています。その結果、エンターテインメントの男とすら見なされ、泡沫候補と目されていたトランプ氏は各州における予備選挙で勝利を収め、一方、サンダース氏は民主党では圧勝と見なされていたクリントン氏を苦しめています。同じベースの主張を展開する二人が強力な候補者となっている背景には、アメリカ国民の間にオバマ政権に対する不満や不信が根強くあることを現わしています。

 トランプ氏とその支持者たちには、さらにもう一つの大きな特徴があります。反多文化、反ダイバーシティ、反異文化であるということです。オバマ大統領は多様性に対して包容力をもち、その多様性をひとつの力にまとめていくのがリーダーの役割としていましたが、トランプ氏は逆に多様性があるからアメリカ社会はおかしくなったというメッセージを暗示的に発信しています。彼が「アメリカを再び偉大な国にする」というとき、それは「アメリカを再び白人が優勢を保っていた偉大な国にする」という隠されたメッセージが含まれています。このメッセージは、オバマ政権という既存の政権に対する挑戦であると同時に、現代のグローバリゼーションに対する脅威でもあります。しかし、この排他性が受入れられ、強く支持される風が、いまアメリカに吹いているのです。

運動員として選挙活動に参加することで実感できること

 実は、トランプ氏の支持が下がった時期がありました。しかし、2015年11月にパリ同時多発テロがあり、カリフォルニア州でも過激思想に染まった男女二人が銃を乱射するという事件が起き、それを境としてトランプ氏の支持率は上がっていったのです。彼は集会で、メキシコからの不法移民がアメリカ人女性を殺害した事件も引合いに出し、人々が異文化に対して抱く恐怖心をあおり、不安感を募らせておいて、自分こそがアメリカを再び偉大な国にすると力強く訴え、彼に希望を感じさせるのです。そのロジックは一貫しており、巧妙でもあります。トランプ氏の支持者は、誰もが「彼の言っていることは正しい。偏見などではない」と自信をもって語るのです。

 2015年の夏から研究の一環としてクリントン陣営に運動員として参加し、1186軒の戸別訪問を行なった私は、実際にトランプ氏の支持者にも会っています。東部ニューハンプシャー州で戸別訪問していると、白人の労働者の男性が、「女が大統領になったら、あんたは嫌だろう」と平然と言っていました。「トランプだったらお前に職を与えてくれる」と語った白人男性もいます。不動産業で成功したトランプ氏は、経済問題を立直らせると信頼されているのです。「イスラム教徒を全面的にアメリカに入国させない、と言ったトランプは正しい」と主張した支持者もいます。アジア人である私を見て「お前は(不法)移民じゃないのか」と言うトランプ支持者もいました。異民族に対して嫌悪感があり、不寛容である彼らにとって、トランプ氏は不法移民やテロの問題を解決してくれる「頼りになる強いリーダー」なのかもしれません。因みに、英語のトランプには「頼りになる人」という意味があります。支持者にとって、「トランプ」という言葉がもつ語感が彼らの耳に心地よいのです。

科学的になった戸別訪問

海野 素央 こうしたトランプ氏の支持者の生の声を聞くことができたのは、私が運動員として戸別訪問に参加したからです。戸別訪問は、日本では公職選挙法第138条によって選挙期間中は禁止されています。政治活動として行なう場合でも、ただ「お願いします」だけを言って歩くドブ板作戦とか、そっと金銭の授受をして歩くような暗いイメージがありますが、アメリカでは戸別訪問はもちろん合法ですし、票を稼ぐのに最も効果的な選挙作戦といわれています。この戸別訪問を科学的作戦にまで高めたのが、かつてのオバマ陣営であり、現在ではクリントン陣営がその手法を取入れています。

 運動員一人ひとりに、その手法をトレーニングを通じて取得させています。まず、ニューハンプシャー州では「説得は相手に物語を語らせること」と教えられます。例えば、戸別訪問先で相手が誰を支持するか決めかねているとき、まずは、どういった争点に興味があるか尋ねます。医療保険制度改革だと言えば、なぜなのか積極的に聞きます。相手に医療保険に関する思いやストーリーを語らせ、次に、それについて自分もストーリーを語ります。相手のストーリーと自分のそれが重なったときに、説得が生まれるというロジックです。

 相手が投票を約束してくれると、コミットメントカード(お約束カード)に署名をしてもらいます。このカードを持って帰り、投票日の数日前に送り返します。このカードには法的拘束力のようなものはありませんが、受取った相手に心理的プレッシャーをかけることになり、投票率が上がるのです。また、コミットメントカードとは別に、投票日の計画を作らせます。投票には何時に行くのかと質問し、午前中か、昼食のついでか、会社帰りか、などと具体的にイメージさせるのです。これによっても投票率は上がります。オバマ陣営は、戸別訪問をドブ板から科学に変えたのです。

戸別訪問は日本でも解禁すべき

海野 素央クリントン候補に「戸別訪問を行ってコミットメントカード(お約束カード)を集めてきました」と報告すると、同候補は笑顔で「一緒に写真を撮りましょう」と語った(@中西部アイオワ州デモイン歴史博物館) 実は、各陣営の運動員には高校生や大学生などの若者がボランティアで参加しています。候補者の政策に惹かれて参加するケースもありますし、フィールドワークとして参加する者もたくさんいます。アメリカの大学では、インターンシップの中に選挙運動があり、参加してレポートを書き、評価されれば単位が取得できる制度になっているのです。学生はこうした制度に背中を押される形で選挙活動に参加し、戸別訪問を行ない、クリントン氏のような“異文化連合軍”や、トランプ氏のような“反異文化によるナショナリズム”に触れ、リアルな政治や政策を現場で学んでいるのです。トランプ氏のような考え方を政策として掲げることができるのは、民主主義であるからこそでもあり、その政策を是とする支持者の生の声に触れ、自らはどう考え、判断するかによって、学生も民主主義を身をもって学んでいくのです。

 さらに、戸別訪問はコミュニケーションのスキルを磨く重要な機会にもなっています。昨今、日本でも議論や交渉のスキルの習得が重視され、ディベートを授業に取入れる動きもありますが、アメリカの学生はこうしたスキルを選挙対策事務所で指導され、実社会で磨く絶好の機会を与えられるわけです。将来、こうして育ったアメリカの政治家や外交官、企業人とTPPのような国際交渉の場で出会ったらどうでしょう。学生の頃からコミュニケーションを説得の科学として学んできたアメリカの政治家や外交官、企業人に日本は太刀打ちできるのでしょうか。

 民主主義の原点である話し合いと説得。それをコミュニケーションの科学として捉え、そのスキルを磨く機会。それが戸別訪問です。学生にとっては貴重なフィールドワークともなる選挙活動の戸別訪問は、日本でも解禁すべきだと考えています。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

海野 素央

明治大学 政治経済学部 教授

研究分野
異文化コミュニケーション論、異文化ビジネス論、産業・組織心理学
研究テーマ
トランプ次期大統領と米国の進路
学位
博士(心理学)
主な著書・論文
  • 『オバマ再選の内幕―オバマ陣営を支えた日本人が語る選挙戦略』(同友館・2013年)
  • 『オバマ+コノリーVSティーパーティー』(同友館・2011年)
  • 『リスクと回復力−東京電力福島第一原発事故から学ぶリーダーシップ』(同友館・2011年)
  • 『トヨタ公聴会から学ぶ異文化コミュニケーション』(同友館・2011年)
  • 『日本人だけが知らないアメリカがオバマを選んだ本当の理由―オバマ草の根運動』(同友館・2009年)
  • 『アジア地域と日系企業―インド・中国進出を考える企業への提言』(同友館・2008年)
  • 『合併企業のモチベーション管理―組織文化の繭をどう打破するか』(中央経済社・2005年)
  • 『異文化コラボレーターの仕事―合併はなぜうまくいかないのか』(中央経済社・2004年)
  • 『異文化ビジネスハンドブック―事例と対処法』(学文社・2002年) ほか多数。

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