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小説の舞台を訪ね歩くことで、見えてきた真実やテーマがあった
2025.04.09

人生のターニングポイント小説の舞台を訪ね歩くことで、見えてきた真実やテーマがあった

リレーコラム
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教授陣によるリレーコラム/人生のターニングポイント【109】

私のターニングポイントは、大学院のときにイギリスへ留学したことです。イギリス文学を研究する者としては、本場で勉強してみたいと思い、自分が対象としているヴィクトリア朝の研究科があるレスター大学で修士課程を修めてきたのですが、イギリスで本で読む世界を目の当たりにする体験には、驚きと感動がたくさんありました。

長期休みのときには、文学作品と関係のあるところを旅行しました。エミリー・ブロンテが描いた『嵐が丘』の舞台である、ヨークシャーの小さな村、ハワースのムーア(荒地)をハイキングしたことは忘れられません。

小説の世界と同じように天気が変わりやすく、晴れていたと思ったら急に嵐のようになりました。他に観光客はおらず、荒涼として、まさに「嵐が丘」でした。主人公キャサリンになった気分でヘザーの生い茂る荒地を歩きましたが、どんどん靴がぐちゃぐちゃになり、当時の靴ならもっと酷かったんだろうなと想像するのも楽しかったです。

ロンドンでも、チャールズ・ディケンズの世界の面影を探していました。『大いなる遺産』の主人公ピップが住んでいた建物が今でもあったり、『オリバー・ツイスト』の悪党フェイギンとその仲間たちがたむろしていたパブがあったりするのがロンドンの面白いところです。少しおどろおどろしいですが、切り裂きジャックが被害者と会っていたとされるパブも残っています。

イギリスは日本と違って地震もなく、本土では戦争の被害もあまりなかったので、ヴィクトリア朝の世界がたくさん残っています。さまざまな小説の舞台になっている場所や作家の生まれた家など、なるべく多く訪ねました。19世紀のヴィクトリア朝時代と、今のロンドンがつながっているところを探せるのがうれしく、小説を読んだだけではわからなかった距離感や、周りの環境を知ってわくわくしたことを覚えています。

ディケンズのことが大好きだったジョージ・ギッシングという作家も、ロンドンを舞台にした小説を書いているのですが、歩いた経験から同じ場所を舞台にしていることがわかりました。そこから2人を比較するなど、後の研究テーマにつながりました。

イギリスの小説の世界を、今とつながっているものとして意識できるようになったのは、自分の感覚が変わった分岐点です。遠い昔の知らない世界ではなく、今でも名残がある場所に親近感が湧くようになり、今までとは見方が変わり、研究のモチベーションも上がりました。

やはり情報として知るだけではなく、足を使って自分で目にすると、それまでにない発見があります。旅もそうでしょうが、本物を見るからこそ伝わるものがある。学生にも本物を見て考えてもらいたいと、受け持ちのゼミではよく美術館に連れて行くのですが、新たな気づきになっているようです。ネットやテレビから手に入れた情報だけで知ったつもりになるのではなく、本物を見たり実際に体験したりして初めてわかることを大切にてほしい。経験を積極的に取りに行くことで、人生の幅も広がっていくのではないでしょうか。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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