
人生のターニングポイント数学の奥深さに魅了され、ひたむきに研究し続けた大学生活
教授陣によるリレーコラム/人生のターニングポイント【48】
私が大学へ進学した当時はパソコンが世の中に登場し始めたころで、将来は漠然と情報系分野に進むことを考えていました。そんな私が数学研究の道へと舵を切ったターニングポイントは、大学数学との出会いにあります。
高校までの数学は、定理や公式を使って計算し、決まった答えを導き出すものというイメージでした。しかし、大学数学では論理性や厳密性を追究します。例えば、高校では関数の極限を「xを限りなくaに近づけたとき、f(x)の値がある値bに限りなく近づくならば、f(x)は bに収束する」と言い表します。こうした概念的で分かりにくい説明も、大学ではイプシロン・デルタ論法を使って明確に表現できます。大学数学で皆がつまずきやすい論理性・厳密性ですが、定められたルール(公理)から論理的に正しい推論を積み上げて結論に至る作業がパズルを解くようで面白く、あっと言う間にその魅力の虜となりました。
大学4年次に国家公務員Ⅰ種(当時)に合格。親の勧めもあり、卒業後は国家公務員として総務庁(現:総務省)や労働省(現:厚生労働省)の統計関係職、国税庁職員など、数学に関係のある仕事に就きたいと考えていました。当時はバブル期で就職活動は売り手市場でしたが、一般企業に就職するという考えはありませんでした。「好景気に沸く企業に勤めるよりも、興味のあることにじっくり向き合う方が自分には向いている」と考えていたからです。最終的には省庁の内定も辞退し、大学院へ進学。修士課程を修了して公務員になるつもりが、気付けば博士課程まで進み、どっぷりと数学漬けの日々を送りました。
しかし、数学研究の道は生易しいものではありませんでした。大学院で研究に没頭する日々は充実していた一方、時間をかけて研究したことがなかなか論文に結実しないという苦しさも経験。思考を巡らせ続けたある日、雷に打たれたように「これだ!」と証明につながる閃きを得たときには、安堵したものです。思わず、階下にいた別研究室の友人のもとへ走り、興奮を抑えながら自分の考えを説明。話すうちに頭の中が整理され、「ああ、やっぱりこれでいい!」と確信を深めることができました。そこから短時間に集中して論文を執筆し、無事に博士論文を提出。証明のアイデアを思いつくことができたのは、悪戦苦闘しながら数学と地道に向き合い続けた姿勢があったからこそではないでしょうか。
それ以来、研究者として二十五年あまりキャリアを積み続けていますが、未だに「このような研究をしたら面白いのではないか」と数学への興味は尽きることがありません。周りに流されることなく自分の思いに正直な選択をし続けてきた結果、今があるのだと思います。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。