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#3 自己組織化は経済に応用できる?

山口 智彦 山口 智彦 明治大学 研究・知財戦略機構 特任教授

自己組織化のメカニズムから市場経済を把握できる可能性もある

アメリカの経済学者ポール・クルーグマンは、1996年、「自己組織化の経済学」を発表します。この中で、シカゴという都市の中の活力ある地域を「エッジ・シティ」と呼んで、エッジ・シティができてゆく過程について考えました。

はじめは活性化のきっかけになるようなことが街のあちこちで生まれますが、やがて、特定の地域に商業地区ができたりビジネスビルが建つなどして集約化が進み、安定化していきます。

この過程は誰かが仕組んだり、計画的に進めたわけではありません。このエッジ・シティが生成される過程を、クルーグマンは、チューリングによる反応拡散系のパターン形成を参考にして考察したように思います。

つまり、自己組織化のリズムとパターンを経済活動に応用すれば、都市の活性化地域が自発的に形成され過程などが解明できるというわけです。

確かに、市場経済には、アダム・スミスが「見えざる手」という言葉を使って以来、「神の見えざる手」のメカニズムが働いているという考え方があります。

人が余計なことをしなくても、需要と供給が均衡して調和のとれた状況が生まれていくということですが、その「神の見えざる手」とは、ひょっとすると自己組織化のメカニズムそのものかもしれません。

かつて、株式市場をほぼ完璧に予測できるというソフトウェアを開発した日本人がいたそうです。実際によく当たり、儲けることもできていたらしいのですが、ある日を境に、予想がまったく当たらなくなりました。

それは、後にわかるのですが、ソ連が崩壊し、いままで自由陣営だけで閉じていた資本主義経済の市場に新しい要素が加わることになり、予想の前提条件が狂ってしまったためでした。

この研究者もソフトウェアの開発にあたって、自己組織化のメカニズムを取り入れていたのかもしれません。それによって、予測を的中させることができたのかもしれません。しかし、経済にはあまりにも不確定要素が多い。前提条件すら目まぐるしく変化する可能性を排除できないのです。

例えば、前回、自己組織化のパターン形成はシミュレーションできると述べましたが、これは、初期条件と境界条件が明確に与えられていることを前提としています。チューリングのヒドラの研究でいえば、物質AやBの初期濃度(初期条件)や、円環状の細胞配列(境界条件)などを見極めることにより、その条件のもとでうまれる自己組織化のリズムとパターンを知ることができるのです。

その前提条件が崩れると、自己組織化の「流れ」も変わります。クルーグマンのエッジ・シティも、例えば経済のグローバル化が進むと、エッジシティは新たな栄枯盛衰のモードに突入することでしょう。

自己組織化のメカニズムで経済を捉えることは、おそらく可能であり、有効な手段となり得ると思います。しかし、精密かつ正確に予測するためには、途方もない膨大な情報を得る必要があるでしょう。不確定要素は、国際情勢かもしれないし、気候変動かもしれないし、どこかで誰かが発したたった一つのツイッターのメッセージかもしれないのです。

その意味で、今後さらに進展すると思われるビッグ・データの活用には期待するものがあります。

次回は、自己組織化から考えるより良い会社組織の形成について解説します。

#1 「自己組織化」って、なに?
#2 自己組織化は数式化できるの?
#3 自己組織化は経済に応用できる?
#4 自己組織化を会社組織に応用できる?

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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