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研究をする意義を学んだ著作との出会い
2023.06.01

人生のターニングポイント研究をする意義を学んだ著作との出会い

リレーコラム
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教授陣によるリレーコラム/人生のターニングポイント【23】

フランスの社会学者であるアラン・トゥレーヌ先生の著作に接し、研究する意義と手法において示唆を受けたことは、私が研究者の道を歩もうと思ったターニングポイントになりました。

先生は、様々な社会運動を調査し、脱産業社会の中心となる「新しい社会運動」が現れることを理論化し、提唱した方です。私の論文執筆に際し、トゥレーヌ研究の第一人者である故・梶田孝道先生(元津田塾大学教授)に指導していただいたのも幸いでした。

トゥレーヌ先生は、現代社会の状況を分析し、権力闘争をはじめとする従来の労働運動や戦争・テロから創られる社会ではなく、歴史・文化を地域で守って育んでいくことや、歴史の在り方に問いかけるような運動が意味をもっていることを理論化しました。

特に影響を受けた著書に、『声とまなざし』があります。この本では、社会がより良くなるよう「行為に奉仕する」ことが研究者の役割だという指摘をされていたのが印象的でした。

研究者は社会や歴史の在り方を真摯に分析し、社会や地域、人々の生活がより良い方向に変わっていくことに貢献するべきであるとされ、研究に対する姿勢を学んだ私の原点となっています。

トゥレーヌ先生がこう考えるようになったのは、チリでの民主化運動を目の当たりにしたことが大きかったようです。アメリカからの自立を唱えたアジェンデ社会主義政権はCIAと軍のクーデターで崩壊。その後、ピノチェトによる独裁政権が何年も続きました。

この状況に直面したトゥレーヌ先生は、政権転覆や権力奪取のような戦いだけでは改革は進められず、世の中を変えることができないと改めて考えられたようです。こうした理論的な変遷を分析しようと試みたのが、35年近く前に私が初めて執筆に取り組んだ論文でした。

それ以降、現実の社会の変貌に対応してトゥレーヌ先生の理論も深化してきていますが、研究についての基本的な考え方や指向性については、引き続き多くを学ばせていただいているところです。

問題意識を常に持ち、その根底に何があるのか。社会の仕組みや構造に変化があるとしたら何によって生じているのか。研究者はこれらを明らかにしていくことも仕事ですが、結果として社会のために役に立たなければ意味がありません。そこに「行為の社会学」と称されるゆえんがあるのだと思います。このことは、地方自治のあり方を研究している今も、私に大きな影響を与えています。

みな生活のために働いているのは当然ですが、生きがいややりがいがなければ仕事は続きません。時には、何のために働いているのか、仕事や自分を見つめ直してみることも大切です。

また、パンデミックやウクライナ戦争など、世界規模での大問題が頻発しています。日本に目を向けても、必ずやってくる南海トラフや首都直下の地震など、喫緊の課題は山積みです。

だからこそ、トゥレーヌ先生が『声とまなざし』で提起した問題意識に目を向け、社会のさまざまな問題を冷静に客観化し、根底にある問題は何なのかを捉えて仕事や生活に向き合っていくことが求められているのではないでしょうか。

自治体の行政や制度の研究を続けている私も、研究者になろうと思ったターニングポイントを忘れてはならないと思っています。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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