Meiji.net

無限にある書物の中から人生のワクワクを見つけよう
2022.12.22

人生で影響を受けた人物無限にある書物の中から人生のワクワクを見つけよう

リレーコラム
  • Share

教授陣によるリレーコラム/⼈⽣で影響を受けた⼈物【104】

ここでは、私が私淑する日本文学研究者の前田愛さん(元立教大学教授)を取りあげたいと思います。

生前にお会いしたいことはありませんでしたが、当時20代だった私に「こんな研究をやってみたい」と思わせてくれた方です。

私が学生だった1980年代の初め、日本近代文学の研究といえば、まだ作家の人物像を掘り下げることが主流でした。しかし、私はどこかで「それは人物研究で、文学本来の研究とは違うのではないか」と、腑に落ちないものを感じていました。

そんな時に出会った書物が、前田愛さんの『都市空間のなかの文学』(筑摩書房)でした。この論文集では、作家そのものではなく、物語を生み出す都市や場所(トポス)にスポットを当てながら、作品を読解していきます。

それは当時の私が学んでいた、人物中心の文学研究とはまったく違うものでした。

前田さんは学生時代に演劇をされていたことがあるそうですが、演技をするのは人間でも、演技というものは背景や舞台を無視して成り立つものではない、と感じていたのではないかと思います。

前田さんの有名な論文といえば森鴎外の『舞姫』論(「BERLIN 1888 舞姫」)です。日本の官僚がドイツのベルリンに留学をして現地の女性と恋に落ちる物語ですが、それを前田さんは、その時代のベルリンの街の構造から解釈していきます。

物語の舞台が街の中心部から周辺部へと移動するにつれ、主人公の生活や考え方も変化していく。

小説『舞姫』は日本人の官僚と現地ドイツの女性が物語の中心人物ですが、ベルリンという街がまさにもう一人の主人公であることがよくわかります。

作品の舞台となった場所などを訪ねる「文学散歩」にも前田さんは興味を持っていましたが、そこでも前田さんは作品を描く作者の意図ではなく、物語を生み出す街に焦点を当てて調査をしています。そのような方法が、当時の私には非常に新鮮でした。

また、そんな研究方法は一見、文学と関わりがないと思われた社会学や歴史学、さらには経済や政治なども、文学と密接に結びついているという認識を与えてくれました。

文学研究への興味を失いかけていた私に、新たな研究のワクワク感をもたらしてくれたのが、前田愛さんの著作群でした。

社会人のみなさんも、もし何かに迷ったら時、ふと手にした本が自分の未来を照らしてくれることがあるかもしれません。

書物は無限にあり、そして、書物との出会いも無限にあります。自分がそれを求めたとき、必要な書物は、きっと向こうの方から自分のところに歩み寄って来てくれると思います。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

  • Share

あわせて読みたい