
2023.03.23
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歴代の首相が誰も手をつけてこなかった内閣法制局長官の人事に介入し、異例の抜擢を行った安倍晋三首相。これを起点として今回提出された安全保障関連法案の審議プロセスに強い危惧を抱くとともに、そうまでして集団的自衛権の行使を可能にしたい首相の「意欲」には、疑問を持ちます。
いま国会で審議されている安全保障関連法案には、賛否様々な意見が出されています。しかし、法案の内容以前に、この法案提出に至るまでの安倍首相の政治手法には、法治国家の根幹を揺るがす由々しき問題が含まれています。
それは、2013年8月に安倍首相が、内閣法制局の新しい長官に、従来の人事慣行を無視して自分の意中の人物を外部から任命したことにはじまります。内閣法制局とは、内閣が国会に提出する新規法案等を、憲法や既存の法律と矛盾しないか事前に審査する内閣直属の機関であり、その長官の任命権は内閣にあります。つまり実質的な任命権者は首相なのです。しかし、歴代の長官はすべて内部昇格者でした。この制度慣行は、内閣法制局がときの政権の意向に左右されずに、現行の法体系に照らして論理一貫した見解を示すことを担保してきました。歴代の内閣もその見解に従うことで、法治国家としての安定性が維持されてきたのです。つまり、憲法・法律のご意見番に対して、内閣がその長官人事に不介入であることには、合理性があったわけです。
実際、1987年のイラン・イラク戦争中に、ときの中曽根康弘首相は、いまの安保法制の言葉でいえば「現に戦闘行為が行われている現場」ではないペルシャ湾へ、海上自衛隊の掃海艇などを派遣しようと考えました。しかし、後藤田正晴官房長官が、「憲法上はもちろん駄目ですよ」と内閣法制局の憲法解釈を踏まえて強く制止したことにより、派遣は断念されました。
今回も、集団的自衛権の行使を可能にしたい安倍首相にとって、憲法解釈の変更を認めない内閣法制局は厄介な存在でした。そこで内閣法制局長官に、外部から自分の意向に添う人物を起用することで、内閣法制局の「思想改造」を図ったのです。その圧力に抗することができず、内閣法制局はそれまで積み重ねてきた憲法解釈を180度転換させたのです。それを受け、2014年7月、安倍首相は憲法解釈を変更する旨を閣議決定し、今年5月に新たな安全保障関連法案を国会に提出しました。そして7月には、衆院安保特別委でこの法案を強行採決し、衆院本会議でも野党欠席のなか可決させました。
内閣法制局長官の任命を従来の慣行を無視して行うとともに、憲法学者の多くが憲法違反と唱えても意に介さないまま、法案の審議を「粛々と」進め、ヤジすら飛ばす安倍首相の姿勢には危うさを感じます。それは、政権幹部の間からもれる「法的安定性は関係ない」といった旨の発言にも現れています。憲法や制度慣行をないがしろにしても、自分たちの思いどおりに事が運べると過信しているのです。安倍政権の暴走は、法治国家のプラットフォームを突き崩そうとしているといっても過言ではありません。