“災害大国”の防災知識を世界に広めるためには
東日本大震災では、巨大地震が津波を引き起こし、それが原子力事故や大規模火災、コンビナート火災へと連鎖し、さらには国際的なサプライチェーンの寸断にまで発展するなど、前例のない巨大かつ複合的な被害へとつながりました。
私が作成に携わった世界銀行の報告書「大規模災害から学ぶ 東日本大震災からの教訓」では、震災の被害の特徴、効果的だった対策、そして今後の課題が整理されています。東日本大震災では被害が甚大であったものの、日本が長年蓄積してきた防災の仕組みが一定の機能を果たし、被害の拡大をある程度食い止めたと評価しています。

具体的な取り組みとしては、建築物や海岸堤防など、先端技術を用いた堅牢な構造物への投資が挙げられます。また、災害リスクを科学的に分析する手法の整備、気象・地震観測の精度向上、警報システムやハザードマップの充実も長く取り組まれてきた分野です。さらに、大きな地震を経験するたびに耐震基準は改定され、より厳格かつ実効的なものへと進化してきました。学校や企業、自治体による定期的な防災訓練が文化として根付いている点も、日本の特徴といえるでしょう。
一方で、課題も少なくありません。まず、災害リスク評価に使われる手法やその限界が、自治体職員や住民に十分共有されているとはいえない点があります。また、災害対応の現場では国・自治体・民間の連携が必ずしも円滑に機能しておらず、改善の余地が残されています。災害弱者とされる人々への配慮についても依然として大きな課題です。
このように、日本は災害大国であると同時に、防災に関する豊富な知識や経験を持つ国でもあります。そのため、途上国や国際機関からは「日本のノウハウを学びたい」という声が多く寄せられています。しかし残念ながら、日本の知見は世界に十分に共有されているとは言えません。
最大の理由は、英語による情報発信が極めて少ないことです。知見が体系化されず、個別事例として断片的に紹介されることが多いため、海外の研究者や行政担当者にとって、日本の防災戦略の全体像がつかみにくいのです。
実際に私が途上国で講演すると、「日本では具体的にどう災害対策をしてきたのか」と質問されることがよくあります。たとえば日本は明治期以降、100年以上にわたって治水事業に継続的に投資してきました。しかし、その効果を定量的に示そうにも、日本語であっても十分な資料がそろっているとは言いがたい状況です。
さらに、防災とその啓発には資金の確保が不可欠です。日本でも経済的に豊かではなかった時代から、地域や行政が知恵を出し、資金を分担しながら災害対策を進めてきました。静岡など各地で、地主や富裕層が自ら資金を出し合い、治水工事を行っていた例があります。地域が自立的に防災を担ってきた歴史があるのです。
もちろん、現在は国や自治体の補助金が重要な役割を果たしています。ただし補助金に依存するだけでは不十分で、地域コミュニティと行政が責任と役割を分担しながら、災害時の対応や避難、避難所運営を担っていく体制づくりが求められているのは間違いありません。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
