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2025.07.17

SNSにおける「規制」と「対話」──情報時代の民主主義の条件

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大切なのは「対話の場」を維持すること

 思想の自由市場が最も大切にしているのは、「どんな意見であれ、対話の場からは排除しない」ということです。議論を呼ぶ問題のなかには、すぐに結論が出るものばかりではなく、数年、数十年をかけて判断が定まる場合も多くあります。だからこそ、さまざまな意見が交わる自由な空間を維持し、国民一人ひとりが自ら考え、判断できる社会の土壌を作ることが必要なのです。

 言論には言論で対抗する「対抗言論(more speech)」という原則も、これに基づいています。有害な意見や誤情報に対しては、禁止や検閲よりも、それに反論する言論を活発化させるべきだという姿勢が求められると思います。

 たとえば、福島第一原発から出た水の海洋放出の問題において、その水を「処理水」と呼ぶか「汚染水」と呼ぶかは、科学的なデータがあるにも関わらず、各人によって受け取り方に違いがあります。このようなテーマでは、結論を急ぐよりも、多様な意見が表明され続ける「場」を維持することが重要です。

 また昨今では、ある表現が単純に「不快である」「迷惑である」という程度で、すぐさま法律による規制の必要性が主張されることがありますが、私の意見としては、思想の自由市場の考え方からすれば、そのような規制には慎重であるべきだと考えます。

 たとえば近年、選挙における政見放送などでの「受け狙い」の候補者が乱立し、選挙ポスターの品位が問われる場面も増えています。しかし、他者への具体的かつ明確な危害がない限りは、そのような表現も基本的には許容されるべきであり、その上で、対抗言論によって議論されることが望ましいです。

 たとえ規制を行う場合でも、それが本当に必要最小限の手段であるか(LRA:Less Restrictive Alternative)を検討することが必要です。たとえば、インターネット上の青少年に有害な性表現への対応として、全てを一律に禁止するのではなく、親がフィルタリングアプリを設定できる環境を整えるなど、柔軟な方法も考えられます。

 もっとも、思想の自由市場の理論には、さまざまな反論があります。代表的なものとしては、SNS時代において放任主義では正しい情報が必ずしも支持されないという主張が挙げられます。

 たしかに、SNSでは感情的・扇動的な情報が短時間で拡散しやすく、また、フィードが個々の関心に基づいて内容が最適化されているため、似た意見だけが繰り返し表示される「エコーチェンバー」の状態が生まれやすいという問題があります。また、多くのSNSはAIによるレコメンドアルゴリズムが投稿の表示順序や頻度を左右しているため、結果として偏った情報環境を生み出してしまうリスクもあります。

 ですが、私の考えでは、こうしたSNS上のバイアスの解消にこそ対抗言論が有益です。思想の自由市場の優れた点は、実のところ、結論(=情報の真偽)を論戦の結果に委ねることにあるのではなく、その論戦自体を遮断しないこと、つまり多様な意見同士の議論を途切れさせない「対話の場」が維持されることにあるのです。

 Meta社の方針転換に見られるように、プラットフォームが「真実の判定者」になるのではなく、利用者自身が判断する環境を整えることは、表現の自由の観点から望ましい方向といえるでしょう。民主主義を支えるのは、一人ひとりの判断力と、その判断を支える情報環境にほかなりません。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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