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虐待する心理、伝達される負の連鎖 ―トラウマ、PTSDへの心理的援助法―

高良 聖 高良 聖 明治大学 文学部 教授(退任)

集団精神療法「サイコドラマ」

 母親が子供を虐待するのも、母親にとっては生きるために必要な適応行動なのである。もちろんその行為は許されるものではないが、虐待する多くの母親は、虐待している自分を自覚しており、そうせざるを得ない自分を否定し、自分に対する深い嫌悪感にとらわれている場合が少なくない。自己嫌悪から抑うつ、そして怒りの表出という負の循環が起こっているのだ。虐待に限らず、こうしたトラウマを抱えた人たちへの集団精神療法が私の研究テーマでもある。
集団精神療法とは、トラウマ治療においてグループを活用する方法だ。このグループアプローチの中の「サイコドラマ」と呼ばれる集団精神療法を、明治大学心理臨床センターにおいて「明治大学サイコドラマスクール」と名付けて開催してきた。「サイコドラマ」は、集団精神療法開拓者の一人であるルーマニア生まれの精神科医・J.L.モレノによって創始されたグループセラピーで、クライエント(患者)の抱える問題について、役割演技を通じて理解を深め解決を目指していくものである。演者だけでなく見ている観客も重要な役割を果たす。セッションでは、クライエントの課題(トラウマ的なもの)が提示され、それに基づいた即興劇を参加者によって展開する。自分の人生や生活の場面と登場人物をイメージして、自発的な劇化やロールプレイを行い、それによって、自由な自己表現が可能となるところに特徴がある。「サイコドラマ」を通じて、クライエントは自己を内省し、新しい自分を発見していく。「明治大学サイコドラマスクール」は、臨床心理士を目指す大学院生の実習研修という位置づけではあるが、広く外部にも開かれたオープンスクール。興味を持たれた方は是非参加してもらいたい。

自己肯定感を高め維持する

 「サイコドラマ」がもたらす効果の一つに、自己否定が減じ自己肯定感が高まることが指摘できる。あるいは、適応障害の一つである対人恐怖の恐怖感が薄らぐ、身体反応として出ていた体からのサインがおさまることも多い。自己肯定感、自己効力感が高まり維持されることは、それまで生きづらかったのが、「生きやすく」なるということだ。トラウマを抱えている人は、自分を否定し嫌悪し、「自分はダメな人間」と抑うつ的傾向を持っていることが多い。それが生きづらい感覚を生んでしまう。「ダメな部分、足りない部分があっても、そういう自分でOK」という自己肯定感を保持することは極めて重要なことである。
本年、米国ハーバード大学精神科付属ケンブリッジ病院で、トラウマケアのためのグループサイコセラピーの研修に参加したときのことである。様々な集団療法に触れる機会を得たが、その一つに、クライミングの一つであるボルタリング(岩山を登るスポーツ)の施設を利用したグループセラピーがあった。クライエントはグループセラピーの一環として、屋内に設けられた岩山を登るのである。登り切ることで得る達成感が、本人を楽にさせる。つまり、自分はできるという実感、「I got it!」が大切なのだ。トラウマを抱えている人、生きづらさを感じている人は、何らかの形で自己肯定感を高める機会を得てもらいたいと思う。自分のことを理解してくれている友人・知人、辛さや痛みを共有できる仲間に無理のない状況でトラウマ体験を語ってみることも有効である。

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