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2022.09.07

単純にイエス、ノーと言えない産業動物のアニマルウェルフェア

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カギを握るのは科学的アプローチを用いた検証と消費者の意識

 では上記の例で言うと、放牧養豚はブタにとって良くないのか、と言うと、それも、単純に答えを出すことはできません。走り回れる環境は、ブタにとって気持ち良い環境かもしれません。しかし、ここで大切なのは、それを「気持ち良い」という情緒的な表現で表すのではなく、多くの人が納得できるように、客観的、科学的に解明することです。そのために、私はデータサイエンスを用いています。

 産業動物の生産現場には、生産性や経済性の記録、飼養管理の情報、疾病や治療記録、飼養環境のデータといった多種多様なデータが存在します。それを統計解析やAIによる機械学習といった手法により数値化し、さらに、疫学分析によって調査することにより、畜産の生産性や安全性を向上させる飼養管理や防疫体制に、有用な知見を得ることができるようになります。

 例えば、放牧養豚では疾病に罹患しやすいことは確かですが、だから放牧養豚自体がいけない、というのではなく、管理者側が病気に対する知識を持ち、しっかりとした防疫体制を整えることが重要となります。どのような飼育環境のときにはどのようなリスクがあるのかを数値化して客観的・科学的に捉え、生産者がそれをちゃんと認識することにより、生産性や安全性が向上するかもしれません。しかし、このような飼育形態は一般の養豚よりもコストがかかり、肉は割高になるかもしれません。そのためには消費者の意識も重要になります。

 商品の価格は需要と供給で決まります。生産者がアニマルウェルフェアを重視した畜産物を作ったとしても、その畜産物が高価であることにより消費者に購買されなかった場合、その飼育形態を続けることができなくなります。アニマルウェルフェアを推進するためには、消費者の知識だけでなく、購買行動も重要となります。畜産物を購入する際に、「価格」だけでなく、その飼育方法にまで興味・関心を持つことがアニマルウェルフェアを考える上で第一歩になると考えられます。

 このように、産業動物に対するアニマルウェルフェアは単純なイエス、ノーでは語れず、アニマルウェルフェアに対する考え方もその立場によって異なるため、建設的な議論がなかなか行われてきませんでした。しかし、産業動物のアニマルウェルフェアは世界的に注目されてきています。日本の事情や文化を加味した議論を行う環境を進めるためにも、消費者である私たちがアニマルウェルフェアに関心を持つこと、そして日々の生活や買い物の際に意識することが重要になってくるでしょう。


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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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