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幕末のパンデミックを日本人はどう乗り越えたのか

須田 努 須田 努 明治大学 情報コミュニケーション学部 教授

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歴史は繰り返す、という言葉があります。もちろん、まったく同じことではありませんが、歴史を見ると、人類は同じような流行や失敗を繰り返していることがわかります。すると、わたしたちが歴史を学ぶのは、過去の出来事をただ知識化するのではなく、現代を相対化して見る目を養い、未来を構築する力を培うことなのだと言えます。

江戸時代の政治理念「仁政」と「武威」

須田 努 2020年以来、コロナによるパンデミックが続いていますが、日本の幕末にもコレラの大流行がありました。現代ほど医学が発達していない当時、人々はどうやってこのパンデミックを乗り越えたのでしょう。

 そもそも、江戸時代を見返すと、確固たる政治理念の下に築かれた社会であったことがわかります。それは、「仁政」と「武威」です。

 武威はわかりやすいと思います。江戸時代以前は、様々なことを力で解決しようとする戦乱の時代が100年間も続いていました。多くの民衆はそんな社会に辟易していたわけです。だから、その時代を、徳川家康が元和元年(1615年)の大坂城落城をもって終わらせ、元和偃武、つまり武に蓋をしたということは、非常に歓迎すべきことでした。

 以後、江戸幕府は、武によってもたらされた平和な社会を、武を直接的にふるうのではなく、武の威力によって民を恐れさせることによって、維持していきます。それが武威です。

 一方、当時の人口の9割を占める農民は、幕藩領主に対して重い年貢を納め続けます。なぜ、納めていたのか。

 そこには、困ったときには幕藩領主が助けてくれる、すなわち、自分たちの生命と財産が維持される、ということが前提としてあったからです。これが仁政です。

 つまり、武威によって保たれる平和な社会があり、しかも、民が困ったときには為政者が助けてくれる、という仁政があったからこそ、農民たちは重い年貢も、基本的に唯々諾々と納め続けたのです。民はこの2つの政治理念を受け入れていました。

 それでも、例えば、自然災害などによって飢饉が起き、年貢を納めることが困難になったときなどは、農民たちは領主に対して百姓一揆を起こすことがありました。

 実は、江戸時代を通じて約1400件もの百姓一揆が起こっているのです。ところが、年貢を納めることを根本的に拒否する一揆は1回もありません。

 百姓一揆とは、米の収穫が少なく生活が苦しいので、領主に助けを訴えることなのです。この助けのことを「お救い」と言い、お救いを引き出すための訴願が百姓一揆だったのです。

 基本に仁政がある以上、農民は困ったときに訴願することが重要であり、そこに暴力を用いる必要はありませんでした。

 つまり、現代の時代劇などでしばしば描かれるような、農民が鋤や鍬、竹槍などを持って代官屋敷に押しかけ、暴力に訴えるようなものとは様相が異なっていたのです。

 この仁政と武威による社会体制は、元禄から享保(1688~1741年)にかけて安定のピークを迎えます。ところが、天保(1829年~)の頃からその体制が揺らぎ始めるのです。

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