
2022.05.19
明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト
実は、老朽化した木賃は、そのオーナーや、さらにはその地域にとって、数十年におよぶ記憶や関係性という無形の価値を含んでいます。
戦後の住政策として推進されたスクラップ・アンド・ビルドは、容易に数十年そこにあった空間、建物、環境を含んだ様々な記憶や人間関係を一瞬にしてキャンセルしてしまいます。
木賃アパートがたくさん建っている木密には、細長い路地がたくさんあったりしますね。延焼の問題や耐震性のことを考えたら、こういうアパートをどんどんスクラップ&ビルドして、路地を広げて道路をちゃんと通したほうがいいとなります。ただ、エンジニアリング、防災、経済性の視点だけで、本当に都市空間や地域社会を簡単にリセットしてしまっていいのか?それは我々の社会が常に問わなければいけないことで、地域によっても答えは違うでしょうし、時代によっても違うと思いますが、簡単に片付けてよい話ではないことだけは確かです。
経済の活性化のために推進されたスクラップ・アンド・ビルドは、無形ではあっても、確かにそこにあったコミュニティという地域のつながりを壊してしまいます。このことは、現代社会が抱える様々な問題にも繋がっていると考えています。
例えば、私たちは、今後、住まいのセーフティーネットの構築に力を入れていく計画をたてています。
従来の住まいのセーフティーネットとは、生活困窮の立場にいる人たちに対して、公共住宅など、安い住まいを提供するハード偏重型の政策でした。つまり、そこには、メンタルのケア、生活のサポート、地域とのつながりなどソフトの仕組みが連動していない、あるいは欠如していました。
いまの様々な社会問題の背景には、地域との関係を切っていくような20世紀型の住まいのあり方が大きく関わっています。
例えば、高齢者の介護を施設の中で完結させたり、子育てを自宅の中で完結させる形もそうです。そういう社会制度を前提に住まいがつくられ、まちがつくられてきたのです。
そこには経済を効率的に回す発想があるばかりで、人や生活に対する配慮が希薄です。その結果、人々の孤立化と格差の拡大を生むことになっています。
そういう意味でも、ハードのみに頼った解決策は限界があります。だから私の教えている建築学科における建築教育のあり方も大きく変わっています。必ずしも建物の設計だけが建築であると言えない時代になりました。建築教育も設計だけ教えていればよい時代ではなくなったのです。