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「伝統知」には、サステイナブルな環境をつくる知恵がある

川島 範久 川島 範久 明治大学 理工学部 専任講師

私たちが考え方や価値観を変えていくことが重要

 もちろん、現代の私たちが江戸時代の生活に戻るべきだとか、デジタル技術などの革新は必要ないと言っているわけではありません。

 実際、伝統知を調査する私たち研究者は、環境実測の際に、ドローンによる点群スキャナーなどを使ったり、様々なデータを基にパソコン上で環境シミュレーションを行い、分析しています。

 すると、暗黙知化していて、そこの住人にも言語化されないような伝統知を可視化し、モデル化することが容易になってくるのです。

 すなわち、先人たちが何千年、何百年をかけて培ってきた知恵や仕組みを短時間で学び、理解することも可能になるのです。そうして得た知識やデータは、これからの新たな都市づくりや街づくりに活かしていくことができます。

 その意味では、技術を用いるのは人であり、人の求める方向によって、技術の発展の仕方も変わっていくと言えます。

 一方で、どんなに自然と繋がる建物を造っても、その意味や価値が理解されなければ、人と自然が繋がる都市環境は広がりません。

 例えば、伝統知に採光や風通しを学んで建てた住宅でも、ブラインドを降ろしたまま一日中照明を点けるとか、窓を閉め切ってエアコンを点けっ放しにする生活では、せっかくの伝統知は活かされません。

 人はエネルギーを消費することに快感を覚えたり、変わらないことや壊れないことに価値を見出しがちです。

 でも、真の豊かさとは、自然の変化を楽しむことであったり、エイジングしていくことに美しさを見出したり、修理することやアップサイクルすることに楽しさや好奇心を覚えることの中にあるのではないかと思います。

 そうした価値観が、都市のレジリエンス、サステイナビリティにも繋がっていくと思うのです。その意味では、私たちひとりひとりが考え方や価値観を変えていくことが重要だと思います。

 でも、実は、それは、それほど大変なことではないはずです。

 例えば、このコロナ禍でリモートワークが広まったことや、都市の閉塞したストレスフルな状況に耐えられず、地方移住や、自然の中でのキャンプなどのレジャーが人気になっています。やはり、人は自然と隔絶した環境では生きにくいのだと思います。

 おそらく、地方に比べれは都市のインフラはメンテナンスが続けられ、利便性は提供され続けると思います。それでも、人は自然と連関する生き方を捨て去ることはないでしょう。

 科学や技術の発展によって人は自然を制御できるかのように思われたことで、ある意味、覆い隠されたようになった自然と連関する生き方を求める思いが、より明確な意識や価値観になっていくことは、十分起こり得ることだと思います。

 そのとき、地方の果たす役割は大きいと考えています。

 まず、都市で暮らす人にとっても、生き方の選択肢のひとつになります。例えば、移住しなくても、近い将来、多拠点居住は当たり前の社会になっている可能性は高いと思います。

 都市では現実的に難しい、自然と連関する環境を、地方であれば取り戻せる可能性が高いでしょう。

 例えば、都市インフラに頼らないオフグリット化は、広い土地や山や谷や海がある地方では、太陽や風などの自然エネルギーを活かすことで実現の可能性が高くなります。

 すると、最低限の電力を用いながら、先に述べたような循環型の環境を構築することは十分可能になります。

 少子化や都市への人口集中で過疎化する地方は、インフラの集約化を目的に、コンパクト化を進めるという議論もありますが、人が住んでいた土地を放置して自然に戻すということは、実は、自然界の生態系のバランスを崩すことでもあります。

 原生林と、人の手が入った里山では、自然の中で果たす役割はまったく違うのです。むしろ、山の豊かさ、森の豊かさ、海の豊かさを支えるという意味では、人が自然に適切にかかわり続けることが果たす役割が大きいのです。

 そうした、人と自然が連関する知恵の蓄積である伝統知をあらためて捉え直すとともに、私たちも、私たち自身の意識を見つめ直し、そこから新たな社会を構築していくことが、人の住む街や都市のサステイナビリティに繋がっていくと考えています。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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