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2021.03.03

建築シミュレーションで安心と快適を見える化する

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社会を変えるデジタルツインの発想

 例えば、数年前から、先進的な企業では、オフィス内の働くスペースを固定化しないアクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)が取り入れられ、関心を集めています。

 ABWの導入によって働きやすさが向上し、社員のモチベーションやここで働くことの満足度が上がり、それが知的生産性の向上に繋がるのであれば、その設えを整えるために多少のコストを必要としても、企業にとっては有益な投資となります。テレワークも、働く場の選択肢を増やす方法の一つとして、この流れの一助となります。

 とはいえ、それはいわゆるクリエイティブな人が集まる先進的な企業だから必要なことと思われていました。ところが、このコロナ禍により、一般的な働き方とは無縁と考えられてきたテレワークが一気に普及しました。

 この流れもあり、今まで通りのオフィスは必要なくなる、少なくともその規模の縮小は可能だという意見が増えてきています。一方で、テレワークを実際に体験してみることで、ときには、社員が同じ場を共有する重要性も再認識されました。オフィス空間に求めるものは、今まで通りの働くための場所では無く、交流の場といった従来のものとは違う形となりつつあります。

 では、それはどういった形であるべきか。それを探る試みのひとつとして、オフィスを含めた建物の多岐にわたる機能や性能をひとつずつ評価してポイント化し、その総合点で建物の環境性能をラベリングする取組みが始まっています。例えば、本国ではCASBEE、世界ではLEEDやWELLという評価システムがあります。

 すなわち、これも、機能性や快適性をはじめ、衛生性、健康性、そして、安全・安心性など、目に見えない価値を見える化し、オフィスのあり方を考えていく試みに繋がります。

 一方、シミュレーション技術は、デジタルツインと共に高度活用する方向にも動いています。それは、バーチャル空間上の建物を様々な形で活用していく考え方です。

 例えば、現在、建築にあたっては、まず設計図を起こし、それを様々な建築関係者が共有してそれぞれの作業にあたっています。

 しかし、ますます進行する労働力不足を考えると、今後は多くの作業をロボットに置き換えていかざるをえません。そのとき、人が紙の図面を見てロボットに指示を出すのではなく、バーチャル建物のデータをロボットにインプットして作業を行わせれば、人は全体の進行管理だけをすれば済みます。

 さらに、バーチャル建物とIOTの連携によって実際の建物の状況を確認し、未来をシミュレーションし続けることで、設備の動作異常や経年劣化を見える化し、その故障を予測し補修することもできるようになります。

 つまり、建物の運用にあたって、いま行われている定期的な点検作業の労力を省くことも、事故やトラブルを未然に防ぐことも可能になってくるのです。

 このデジタルツインを実現するのが、建築の設計、施工から、維持管理まで、あらゆる工程でデジタル技術を活用するビルディング・インフォメーション・モデリング(BIM)であり、それと連携する建築シミュレーション技術です。すでにこうしたデジタルツインを用いた建物運用の実証実験も始まっており、近い将来には広く普及するはずです。

 こうした技術が進めば、私たちの働き方も大きく変わっていくと思います。

 例えば、勤め先は、提供されるオフィス環境の評価ポイントを確認して選ぶようになるかもしれません。すると、企業側は、優秀な人材を確保するために、より良いオフィスづくりを目指し、デジタルツインによる高度な建物運用を求めるようになるでしょう。その社会要求が、それを可能とするビルディング・インフォメーション・モデリングを用いた建築設計の普及に繋がり、安心と快適が見える化された働きやすい場の提供へと、良い循環を生みます。

 さらに、こうした技術はマンションや住宅建設にも活かされていくはずです。すなわち、私たち生活者にとっても、家は、ただ間取りや耐震性、断熱性といった基本仕様で選ぶのではなく、生活空間の豊かさを見える化しながら、設計者たちと一緒に造っていくものになるのです。

 そういった意味では、建物を設計する側のみでなく、施主となる皆さんにもこうした技術に関する知識とリテラシーが求められます。常に、新しい技術の情報に触れ、それを上手に使いこなすことで暮らしやすい社会になっていく、そういった社会意識が醸成されていくことが、この未来を獲得していくための必要条件と考えています。


英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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