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2021.03.03

建築シミュレーションで安心と快適を見える化する

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大きな出来事をきっかけに見直される大切なこと

 建築設計におけるシミュレーションは、設計中の建物をコンピュータ上の仮想空間に構築することから始めます。つまり、実際に建てる建物をバーチャル空間に先に建ててしまうのです。

 その中で、室内で起こる気流、熱や粉塵の輸送などを数値流体解析によって再現します。

 すると、窓をどこにつけ、機械換気設備をどこに設置すると、室内の気流がどうなるのか、空気が効率的に入れ替わっているか、換気の効率を知ることができます。それによって、効果的な窓や空調の給排気口の設置場所もわかるというわけです。

 こうしたシミュレーション技術は、建築業界では、私が社会に出た2000年代に入った頃には、既に設計に用いる試みが始まっていました。建築業界でその活用に期待が集まる大きな理由は、建物が一品生産であるためです。

 一般的な工業製品のように、試作品を作ってはトライアンドエラーを繰り返し、その結果、より良いものを社会に送り出す、ということが建築設計では難しくあります。そこで、仮想空間に建てたバーチャル建物で様々な試行錯誤を行うことで、こんなはずでは無かったという結末を避けることが期待されます。

 この試みは、近年のコンピュータ・リソースの著しい発展により、より一般的になってきたとの実感はあります。

 それでも、換気に関して言えば、先に述べたように、1人あたり毎時30立方メートル程度の外気が供給されるように設計してはいますが、それがこのコロナ禍で直ちに安全・安心を与えるものに繋がっていない現実は、ある意味、換気による空気の流れを十分に意識した検討を行ってこなかった建築設計の怠慢であったとも言えますが、一方で、それを求める意識が社会全般に希薄だったからとも言えます。この意識が変わるには、きっかけが必要となります。

 例えば、2011年の東日本大震災をきっかけとして、建築設計における非常発電機に対する考え方が変わりました。それまでは、オフィスビルなどにおいて、非常用発電機は消防用に火災時等に必要時間稼働することを目的に設置し、そのための燃料を備蓄することが主体でしたが、それが見直され、自然災害時に建物が数日間機能するような容量と燃料備蓄を意識した設計が増えました。

 大きな出来事をきっかけに私たちの社会的な意識が変わり、求めるものが見直され、それによってそれまでは業界全体で当然と考えられてきたことが変わったことの象徴的な一例です。同時にBCP(事業継続計画)という言葉が社会に浸透するきっかけとなり、このBCPに真剣に向き合った企業が、このコロナ禍においてもテレワークへの迅速な切替といった、柔軟な対応がとれているようです。一つの大事が過ぎ去った後も、その時に沸き起こった課題を忘れず対応を進めることが、次の未知の災厄への備えになります。

 今回のコロナ禍も、これを契機として、室内の換気はもちろん、人が働いたり居住する空間はどうあるべきかを考え直す動きが起こっています。そこで、気流をはじめ、将来的には快適性なども見える化するシミュレーション技術が大きな力となることを期待しています。

英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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