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自治体の予算案に見える、「いま」に応え、「未来」を創る姿勢

小林 清 小林 清 明治大学 専門職大学院 ガバナンス研究科 教授

社会や都市の課題解決に「文化」の力を活用する

 先ほど、文化の力で都市力・地域力を高める、と言いましたが、都市政策の中で文化政策をどのように位置づけ、他の分野と連携させて総合的な政策として機能させていくか、もう20年前になりますが、私がそれに取り組んだ具体的な事例を紹介しましょう。

 自治体の文化行政を批判的に捉える言い方に「ハコモノ行政」という言葉があります。立派な文化施設などをつくったは良いが、ソフトが脆弱で、専門ノウハウをもつ人材がいないため創造発信拠点とは程遠い。利用者は増えず、稼働率も低く、建設費の借金だけが次世代に残されるという失敗が、一時期、ずいぶん批判されました。

 そのため、自分の地域で文化政策に多くの予算が投入されることに不安を覚える人もいるかもしれません。そもそも文化政策の評価をどう捉えればいいのか、なかなか難しいと考える人が多いのではないでしょうか。

 一概にこうだとは言えませんが、一つの考え方として、芸術文化の持つ力の社会的なインパクトの大きさや政策効果の広さに着目してはいかがでしょうか。

 例えば、「芸術文化と地域」は、いつの時代においても重要なテーマですが、成熟社会を迎えるなかで、芸術文化が豊かな地域社会、市民生活を創造していくうえでどのような役割を発揮するのか、また、文化政策が他の行政分野へ波及効果を生みだし、子供たちの教育や福祉、産業振興などにどのような可能性を見出していくのか、といった視点に注目してみるのです。

 自治体や国をはじめ、芸術家や芸術文化団体、NPOや大学、都市開発事業者等の企業、そして住民の方々など、あらゆる人々や団体が連携して、社会や都市の課題解決に芸術文化の力を活用していくことは、とても重要な文化戦略と言っていいでしょう。

 ホールの建設や運営も、そういった観点から、どのようなコンセプトで立ち上げ、運営していくか、が大切になります。

 実は、私は東京都から派遣され、墨田区役所の課長として、音楽ホールの立ち上げにたずさわった経験があります。それは、錦糸町駅の北口に1997年にオープンした「すみだトリフォニーホール」です。

 大ホールは1801席を確保し、4735本のパイプと66個のストップをもつパイプオルガンを配備、優れた音響性能とアコースティックな音楽を聴くのに最適な空間を有した、東京を代表する本格的な音楽ホールの一つと言えます。

 この仕事は、ただコンサートホールを建てるのではなく、日本で初めてプロのオーケストラの本格的なフランチャイズを導入するという画期的でチャレンジングなものでした。

 オーケストラのフランチャイズとは何か。一言で表せば、オーケストラが本拠地となるホールを持って優先的に使用する一方、ホールの存在する地域社会と強く結びついて演奏活動を行うというものです。

 実は、海外のオーケストラには拠点となる街やホールがあり、そこで練習を行い本番の演奏もするのが当たり前。音づくりの一貫性が確保されるわけです。当然、演奏水準の向上が図られ、オーケストラのカラーを作り上げていくこともやりやすくなるでしょう。いわばレジデンスなので、ホール内には楽器庫、楽譜室、楽員控室、事務局が配置されます。また、ホールの周辺に住んでいる市民・住民の生活文化に組み込まれた活動を行うことで、地域と結びついた固定客の確保につながります。ところが、日本のオーケストラにはそのような環境や仕組みが確保されていませんでした。

 そうした仕組みを日本にもつくろうということで、墨田区は、1985年に国技館の両国への復帰を祝って行われた、地元区民五千人が歌う第九コンサートで縁のあった新日本フィルハーモニー交響楽団とフランチャイズ契約を結んだのです。

 両者が覚書を交わしたのが1988年で、ホールが竣工し、開館したのは1997年です。

 その9年間、新日本フィルはただ待っていたのではなく、楽団員が墨田区内のすべての小中学校の音楽の授業に出向いて指導したり、福祉施設を回ってミニコンサートを行ったり、小学校の体育館に地域住民の皆さんを招いて、フルオーケストラでコミュニティコンサートを開催するなど、数多くのアウトリーチ活動を続けました。もちろんこうした活動は今も続いています。

 行政の政策からみると、クラシック音楽に関心と興味を高めた地域の人たちが、新しくできたすみだトリフォニーホールで行われる新日本フィルの演奏を聴きに足を運ぶのは「文化振興」ですが、アウトリーチ活動により、楽団のメンバーが小中学校の音楽の授業に子供たちの指導に行くことは「文化」と「教育」分野の連携であり、福祉施設を回ってミニコンサートを行うことは「文化」行政が「福祉」分野との連携に結びついたと言えるでしょう。

 また、演奏会で、楽団の人たちが墨田区の地場産業であるニット製品を着てアピールしながら演奏すれば、「文化」政策が「産業」分野にも効果を発揮することにつながります。

 もう私の言いたいことがわかったと思います。墨田区と新日本フィルは、大都市東京のなかで、墨田区という「地域」に着目し、自治体と芸術団体の協働のあり方を模索する中で、音楽をツールに芸術文化を地域社会の生活文化にいかに組み込んでいくか、そして、教育、福祉、地域振興など、社会や都市の課題に芸術文化のもつ力をいかに活用していくか、こうした試みに挑戦しているのです。

 もう20年以上も前の出来事になりますが、現場の様々な立場のプロジェクト関係者に強い信頼と一体感があった中で、侃々諤々の議論を行いながら成し遂げた、忘れることのできない仕事であり、貴重な経験でした。

 新日本フィルは世界的な指揮者である小澤征爾さんらが、若い頃に日本フィルから飛び出して立ち上げ、自主運営のオーケストラからスタートした歴史を持ち、練習場の環境や場所の確保に苦労していました。それゆえ、当時名誉芸術監督だった小澤さんも、演奏環境が大きく向上するこのフランチャイズ計画とトリフォニーホールに強い関心を寄せていました。小澤さんと新日本フィルによる音響テストの演奏の結果、難題を持ち込まれ(笑)、何度も「マエストロ」と議論した!!ことも、思い出になっています。

 こうした経験に即して言うと、文化都市構想を打ち出し、東アジア文化都市の一翼を担うなど、スケールの大きな取組を行いながら、文化のもつ力に着目した自治体政策にチャレンジしている豊島区の試みには関心があります。文化政策が都市政策の中でどのように力を発揮していくのかという事例として研究していきたいと考えています。

 東京では、六本木・赤坂、東京駅周辺、渋谷など、旺盛な都市開発に伴って、芸術文化施設が相次いでオープンし、芸術文化を都市の装置として機能させるまちづくりが進んでいます。新宿、渋谷と並ぶ副都心として発展してきた池袋が、都市更新の起爆剤として「文化」の力をどのように活用していくのか、住民の皆さんも大きな関心を持ちながら、独創的な取り組みをチェックしていくことが良いのではないでしょうか。

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