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2018.09.19

「司法取引」で名前を出されただけで逮捕されることもある

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「司法取引」制度を他人事と思わず、今後の運用に関心をもつことが必要

 さらに、私が懸念するのは、「司法取引」制度が、当初の目的である、組織犯罪や薬物・銃器犯罪摘発に、はたして本当に実効性があるのかということです。私は覚醒剤使用罪の裁判を数多く傍聴していますが、被告人が覚醒剤の入手先を供述することはまずありません。報復が恐いからです。また、特殊詐欺の場合は、捕まるのは末端の者たちばかりで、彼らは電話などで指示を受けていて、指示者がだれなのか、組織がどうなっているか知らないケースがほとんどです。つまり、組織犯罪や薬物・銃器犯罪に、「司法取引」制度は機能しないのではないかと思うのです。

 一方で、贈収賄などの経済犯罪には効果が得られる可能性があると思います。一般的に、日本人は自分が所属する企業や組織に対するロイヤリティが高く、それが、経済犯罪の全容解明の妨げとなることもありました。また、犯罪捜査に「取引」がもち込まれることに違和感や、嫌悪感をもつ人も多いと思います。実際、被疑者・被告人になんらかの有利になる約束をして自白させることも、違法とされています。しかし、「司法取引」制度が成立し、今後は、自分が所属する組織との信頼関係や忠誠心、また取引に対する嫌悪感よりも、自分の身が一番かわいいという思いが優先されるようになっていくかもしれません。良い意味でも悪い意味でも、日本社会がアメリカナイズされていく可能性があります。しかし、やはり問題なのは、そのとき、真実の供述ばかりでなく、虚偽が含まれることです。

 多くの一般市民にとっては、組織犯罪や薬物・銃器犯罪などは自分とは無関係のことだと思います。しかし、経済犯罪は他人事ではないかもしれません。贈収賄などに関わっていた社内のだれか、あるいは取引先のだれかに、共犯者として供述されないとも限らないのです。そのような虚偽の供述を許さないためにも、また、捜査機関が供述を鵜呑みにして誤認逮捕を重ねないようにするためにも、私たちは「司法取引」制度を他人事と思わず、今後の運用に関心をもち、監視していくことが必要だと思います。

 付記:2018年7月に、初の「司法取引」が行われたとのマスコミ報道がされました。事件内容はここでは省きますが、これにより制度の問題点が浮き彫りにされたように思います。本件における両罰規定の趣旨のような問題も含めて、この制度の適正運用のための適用基準や適用の限界等の検討が必要になってくるでしょう。

>>英語版はこちら(English)

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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