「司法取引」の最大の問題点は虚偽の供述
日本の「司法取引」制度は、いままで摘発が困難だった贈収賄者や、組織犯罪の主犯格の摘発に有効な手段となり得る一方、大きな課題もあります。それは、被疑者・被告人が自分の刑を軽減してもらいたいがために、虚偽の供述を行うことです。実際、この制度ができる前の2003年、福岡県で町役場の職員が還付金詐欺で逮捕され、その職員の供述によって町長も逮捕されるという事件が起きました。町長は一貫して無実を主張し、起訴されましたが無罪となりました。つまり、誤認逮捕だったのです。実は、最初に逮捕された職員が、町長に責任を押しつけるために偽証していたのです。「司法取引」制度が施行された現在では、他人の犯罪を供述すれば、自分の刑が軽減されるという利益が得られるのですから、関係のない第三者を巻き込む虚偽の供述が増えることも考えられます。そこで、「司法取引」制度とともに「虚偽供述罪」が新設されています。供述が虚偽であることがわかれば、もちろん、協議の合意は解消され、約束されていた刑の軽減はなくなりますし、それに加えて、「虚偽供述罪」でも起訴され、処罰されることにもなります。弁護人が協議に参加するのも虚偽供述の排除に役立つとされています。しかし、それでも、虚偽の供述を防ぐ手段として、どれだけ有効性があるのか疑問視する声が多いのです。
実は、憲法38条3項および、それを受けた刑事訴訟法319条2項には、被告人の自白だけでは被告人を有罪にできない、いい換えれば、自白以外の一定の証拠(補強証拠)が必要と規定されています。仮に、自分がやったと言っていても、なんらかの理由で嘘をついているかもしれないし、取り調べの際に誘導されている可能性もあります。そこで、誤判防止のために自白以外の補強証拠が必要という原則になっているのです。この補強法則は、共犯者の供述に対しても適用ないし準用があるという考え方があります。その場合、「司法取引」によって提供された供述にも補強証拠が必要となるわけです。しかし、共犯者の供述には補強証拠は不要という議論もあり、学説上は確定していません。最高裁判例は後者と同じ立場をとっています。いずれにしても、有罪の判決を出すのは裁判官ですが、被疑者・被告人の供述によって、警察は第三者を逮捕することはできます。先に述べた福岡県の町長も、関係のない被疑者の供述によって逮捕され、勾留期間は7ヵ月に及びました。結果、町長を辞任することにもなっています。「司法取引」制度による誤認逮捕を出さないためにも、被疑者・被告人の供述を鵜呑みにしない対応が絶対に必要です。
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