関係性を高め、その中から新しい展開を起こす
スポーツというと、特別な才能をもった人たちが国内トップレベルやオリンピックを目指し、厳しい鍛練を重ねる世界と思われがちです。しかし、三条市や岩手町がそうであるように、みんながトップレベルでなくても、地域を巻き込んでの熱い取り組みの中でスポーツをすることのワクワク感や達成感は、かけがいのないものです。レベルに違いはあっても、スポーツの勝ち負けの悔しさや厳しさはあるし、「次はやってやる」という気持ちも沸き起こります。また、プレーする楽しさを体感し、勝っても、負けても、試合後の達成感も清々しさがある。それが地域を盛り上げ、連帯と活性化につながっていく。自治体を含めた地域活性化戦略の下で、スポーツが地域の絆を強め社会を良くしていくという見事なシナリオが実践されているのです。
もちろん、スポーツをツールにした草の根的地域活動があれば必ずイノベーションが起こるというわけではありません。イノベーションは、いままでできなかったことや考えが及ばなかったことをさまざまな関係性の中で生み出すということです。それには、いろいろなアイディアや、うまくいかないことを諦めない気持ち、周りの支援などが必要でしょう。例えば、三条市の野球場の指定管理者となっている中小企業の「本業以外の事業」は赤字経営ですが、地域の様々な企業や地縁組織の理解を得てスポーツ関連ビジネスの機会が増え、企業活動全体として2011年以降、増収増益(ドレイトンの言う「事業性と継続性」の実現)を達成しています。サマーリーグでは、地元自治体からの支援(補助金やバスの無料貸与等)、地元スポーツ協会、野球連盟の協力、新潟県内のOBや企業からの協賛を、来場者からは育成協力費を得て、さらには地元新潟の心意気に感銘を受けた学生(3,4年生の選手)が企画チームを結成してサマーリーグの企画運営をバックアップしています。こうした動きが継続性を担保しています。
神奈川県の川崎市にあるスポーツクラブ「高津SELF」は、市内の中学校の体育館やグラウンドの利用について行政、学校、教育委員会、NPO等が相互信頼の中で連携を進めることで、ほぼ、毎日、幼児から高齢者までに様々なスポーツを楽しむ機会の提供を可能にしています。スポーツには施設が必要ですが、施設数が少ない日本の現状では、公立学校の施設を利用することが重要な鍵となります。しかし、多くの場合、学校の教員・校長や教育委員会などは、一般市民による施設利用を許容すると様々な面倒な問題が発生する場合が多いことから、消極的になりがちです。高津SELFはNPO法人格を取り、指定管理者や地域学校施設管理業務受託(年間数千万円の管理委託収入がある)も実現し、行政・NPO・地域住民の良い関係を構築しています。
三条市の市民球場も、岩手町の町立グラウンドも、川崎市の学校施設利用も、ビル・トレイトンが言う「事業性と継続性を実現する」、「国や行政の制度を活用、促進することで新しい展開を起こす」ことが実現しています。また、例えば、川崎市の高津SELFやその他のスポーツ施設運営NPOが互いの工夫や良い点を学び、行政との良き関係を習得して良い活動を進めているケースが増えています。日本においても「他の組織が真似することで広がる」という流れも進んでいるようです。
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