Meiji.net

  • Share

東京オリンピックを契機に30年後の都市構想を考える本質的な議論を

青山 佾 猪瀬氏、桝添氏と、都知事のスキャンダルが続きましたが、もう、それを面白がっている場合ではありません。いま、日本に起きている少子高齢化、人口減少、経済の低成長、こうした傾向は、日本が高度成長期から成熟社会に入ったことを示しています。人口の減少も経済の低成長も、社会の高度成長期にはマイナス要因でしたが、これを受け止め、こうした傾向の中でも、生活の豊かさや生活の質の向上を実感する構造を構築する時代に入ったのです。そのためには、いままでの高度成長期とは発想を変えなくてはなりません。2020年の東京オリンピックは、その絶好の機会になると考えています。その理由のひとつが、オリンピック開催国では文化的イベントを展開するというルールがあることです。ヨーロッパやアメリカの大都市をたびたび訪れて感じるのは、東京は生活の利便性やそれを支えるインフラは圧倒的に優れているということです。ところが、一流のコンサートや演劇、アートなどが身近にあり、日常的に気軽に楽しめる都市かというと、その点は未熟に感じます。成熟社会にとって、文化や芸術は重要なファクターです。戦後の復興とそれに続く高度成長期にあった1964年の東京オリンピックでは、新幹線や首都高、環七など、都市機能のインフラが整備されましたが、2020年に向けては、文化、芸術面の充実を図るべきです。前回大会のロンドンでも、前衛なども柔軟に取入れた様々な文化芸術プログラムが数多く実施され、市民や世界各国から訪れた人々を愉しませ、イギリスがお堅いイメージとは違う一面を見せたと評判になりました。東京は、文化イベントをオリンピック期間中のエンターテインメントと捉えるのではなく、今後の成熟社会の都市構想の一環として考えていくことが必要でしょう。

 もうひとつ、東京オリンピックに期待するのは、スポーツがもたらす感動を通して、私たち一般市民が気軽にスポーツを楽しめる環境の整備が進むことです。1964年の東京大会後は、日本中でママさんバレーがブームになりました。いうまでもなく“東洋の魔女”がもたらした影響です。このブームで日本の女性は、スポーツを楽しむということが当たり前になりました。そういう意味で、オリンピックは社会を変える魔力をもっています。それにともなって、スポーツ施設の拡充など市民が気軽にスポーツを楽しむ環境が整備されれば、それは生活の豊かさや生活の質を向上させる一因となるはずです。

 成熟社会を迎え、30年後を構想するとき、東京で開催されるオリンピックを契機として、日本は何を得るべきなのか、日本の社会のどこを変えるべきなのか、こうした論点から考えるのが、オリンピックの本質的な議論だと考えます。新都知事には、都知事本来の責務を見失うことなく、東京オリンピックを契機として30年後の都市構想に向け、強いリーダーシップを発揮することを期待します。

>>英語版はこちら(English)

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

  • Share

あわせて読みたい