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アリの行動を数理化し、人間社会に応用する

 アリの行動を系統的に観察する方法として、いま、私たちが用いているのがRFIDタグです。これは、0.5mm×0.5mmという世界最小レベルのチップで、これをタグとして一匹一匹のアリに付けます。

 そして、巣と餌場の間など、要所要所にセンサを設置します。すると、どのアリが、いつどこを通ったかが記録され、それが集積されてアリ社会のビッグデータとなるのです。

 結果として、いままでわからなかった様々なことがわかるようになってきました。

 例えば、アリのコロニーにはそれぞれのタスクに関しての働き者と怠け者がいるようです。コロニーの中から働き者のアリたちを取り出すと、いままで怠け者だったアリたちが働きはじめる現象の報告が、近年国内外から出てきています。これは、担い手がいなくなると別の者が働き出す仕組みで、私たちが「労働補償性」と呼んでいるものです。

 さらに、私たちの実験で働き者のアリたちをコロニーに戻すと、代わりに働いていたアリたちがまた怠け者に戻る様子が見えてきました。これを、私たちは「労働可逆性」と呼んでいます。

 要は、常に、そのタスクを最適人員が担うことで、集団全体として見ると、より良い仕事効率が維持されることになるわけです。

 また、コロニー内の一定数のワーカー集団がある期間だけ活発に働き、その後短期で別の集団に働き手が入れ替わる現象「労働協働性」も見られるようになりました。

 つまり、労働者が入れ替わりながらも、コロニー全体としては、常に安定に稼働しているのです。

 あらためて言いますが、こうしたアリたちの活動は、誰かの指示ではなく、個々のアリの判断で適時行われているのです。

 もちろん、アリの脳は小さくて、複雑な情報処理ができるわけではありません。しかし、それが集団となると、非常に高度な社会システムを実現できるのです。

 集団としてのアリの振る舞いを数理モデルとして説明する試みは以前から行われており、上に記した「労働補償性」や「労働可逆性」の発現についても、数理モデルによる計算機シミュレーションでかなりよく再現できることがわかってきました。ただし、モデルに用いたいくつかの仮説–個々のアリの判断のしくみや個体間での情報の伝わり方など–について慎重な検証・議論が必要です。

 そのひとつとして、コロニー全体のリスクへの感受度が、個々のアリで異なっているという仮説が挙げられます。

 例えば、どこまでコロニーの食糧が減ってきたら働き始めるか、あるいはどのくらい巣が汚れたら清掃作業を始めるかという「我慢の限度」がアリ毎にばらついているということです。

 そもそも、同じ女王アリから生まれてくるアリたちに、なぜ、そのような個性のばらつきができるのかという疑問もわいてきます。その回答は、エピジェネティクスという、後天的に遺伝子が制御される現象を扱う学問に委ねられるべきかもしれません。

 また、コロニー全体のリスクをいかに個々のアリが知るのかという疑問も湧いてきます。部分的な情報からシステム全体情報を推定する能力、それは、ベイズ推定と呼ばれる統計科学の考え方とつながりますが、これに似た処理をする単純なしくみがアリの脳に組み込まれているからかもしれません。

 こうした問題を解き明かして、アリの行動の数理モデルが完成すれば、それは、人間社会の課題解決に応用できるものになると考えています。

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