人材育成とともにIT業界の仕組みの改革が必要
もうひとつの懸念は、いくら優秀なSEを育てることができても、日本には、そうしたSEが本当に活躍できる環境が整っていないことです。アメリカの学生が必死になって勉強するのは、実力に応じた収入が得られるからでしょう。
シリコンバレーでは、新卒のソフトウェアエンジニアにいきなり高額の初任給を払うことも珍しくないようです。そのインセンティブが学生のモチベーションとなるのです。
ところが日本では、SEの初任給は決して高くはないですし、非情報系学科卒であっても情報系学科卒であってもSEになれる上に、両者の年収に大差はないようです。これでは、SEを目指す学生のモチベーションは上がらないでしょう。
最近、一部のIT企業では、新卒一括採用ではなく、学生の能力に応じて初任給に差をつけるところが出てきました。こうした傾向がもっと広まることを期待しています。
さらに、日本では、仕事の構図が発注者を頂点にしたピラミッド型で、実務を担うSEはその底辺に位置されることも問題です。その原因は、発注者から案件を直接受注した企業に、必要な数のSEがいないためです。なぜなら、正社員を解雇することが厳しく制限される日本の法律では、ピーク時に合わせた人数のSEを正社員採用することはリスクが高いからです。
そのため、大型案件が入ると、関連企業や別の会社に仕事を割り振ることになります。すると、ピラミッド型が構成されていき、実際の作業に当たるSEは、その一番底辺にいることになります。発注者ははるか上で、ピラミッドの中段にいる企業にはプログラムが書けない「SE」がいることもあります。このような環境では、仕事に対するモチベーションも上がらないでしょう。
実は、アメリカでも以前はそのような仕事の形があったようですが、現在ではあまりないようです。なぜなら、アメリカは解雇規制が緩いということもありますが、ひとつの案件に複数の企業が入ることで、作業の進捗が遅くなることが理由として挙げられるでしょう。
IT業界は、いわば1位総取りの世界です。1位になるためには、アイデアをいかに早く形にするかが重要です。そのため、アジャイル開発と呼ばれるスタイルで、アイデアを市場投入するまでの一連の工程がスピーディに行われています。
つまり、日本は、ITの人材育成の面でも、IT業界の仕組みでも、世界基準からは遅れていると言わざるを得ません。ようやく人材育成の面についての取り組みが始まりましたが、それと同時に業界内の仕組みを改革していかなければ、世界との差は開くばかりだと思います。
それでも、いままで日本のIT産業がやってこられたのは、日本語という壁があったからだと思います。日本の企業は日本語で発注するので、海外のIT企業はなかなか参入できなかったのです。
ところが、最近は、オフショア開発が伸びてきました。もともとは、人件費が安い国のIT企業に開発を依頼しコストを削減するのが目的でしたが、インドでも、中国でも、ベトナムでも、人件費が安いだけでなく、技術力も決して低くないようです。あるいは、単に海外の人件費が安いからではなく、日本と現地の両方のビジネス習慣を熟知しているブリッジSEが、日本の発注者と現地のSEを直接つなぐスタイルにより、前述のピラミッド構造による問題を受けにくいことも理由かもしれません。
だとすれば、日本のIT業界は本当に改革を行わなければ、この先、大変なことになるでしょう。日本語の壁は海外のIT企業に崩され、育った人材は優秀な者ほど、インセンティブを求めてシリコンバレーに流出していくかもしれないのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。