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デジタル化された日々に、健全なアナログ志向を持ち込もう

波戸岡 景太 波戸岡 景太 明治大学 理工学部 教授

クリエイターは、異なるメディアの本質に敏感になること

 クリエイティヴな進路を考えている方や、実際に創作活動を始めている方は、きっと「メディア」の進歩にも敏感な方が多いと思います。前世紀までは、映画やテレビといったマスメディアが文化の主流でしたが、現在では、インターネット上の動画配信サービスのようなメディアの方が、むしろ創作の発表の場として有効であると認識する人も増えています。ひとつのヒット作品を、映画、テレビ、ネット、コミックス、ノベライズ、ゲーム、フィギュア……といった、様々な媒体で展開していくことを、和製英語で「メディアミックス」と言いますが、今世紀に入り、このような販売戦略がいよいよ主流になってきた背景には、マスメディアの影響力の低下や、ネットを介した情報発信の効率化、そしてもちろん、制作現場がデジタル化されていったことで、コンテンツの制作期間が短縮され、データの使い回しが簡単になるといったことが考えられます。けれども、メディアミックスが前提とされる世界で成功するためには、やはりクリエイター自身の「伝えたいこと」がはっきりと提示され、その上で、そのメッセージに新規性や説得性がなくてはなりません。

 また、異なるメディアの本質に敏感になるためには、まずは文字と文字以外の表現方法の、それぞれの特異性を知らなければいけません。ここでは、発信者と受信者の関係にしぼって、ごく簡単な例を挙げて説明してみましょう。街角でよく、犯罪抑止・防止のポスターを見かけることがあります。そうした掲示物の発信者はたいてい警察署のような公的機関であり、メッセージも「〇〇に注意しましょう!」といったシンプルな注意喚起がほとんどです。けれども、その読み手である私たちが受け取るメッセージは、必ずしもシンプルなものではありません。というのも、私たちはそこから、「あなたが自分とは無関係と思いがちな犯罪も、実際はとても身近なものなのです」といった不安を煽るようなメッセージと、「けれども、この周辺区域では、その犯罪に対する取り締まりが強化されているので安心してください」といった、先の不安を払拭するようなメッセージのふたつを同時に受け取るからです。これが、文字による表現の最大の特徴です。

 一方で、こうしたポスターには、イメージ画像がつきものです。ところが、文字以外の表現、特に視覚表現の分野では、こうした複層的なメッセージの操作が難しくなります。先の犯罪抑止のポスターの場合、例えばそこに犯罪者や被害者のイラストを描くとして、いったいどのようなイメージが正しいと言えるでしょうか。どちらのイメージにしても、人種や年齢や性別を特定する要素は極力含まない方が良いはずです。ですが、そのようなことはほとんど不可能です。だからと言って、記号のような人影を描いたとしても、それではポスターとしての効果も半減してしまいます。

 つまり、何かを伝えるということは、本質的にとても難しい。それは、発信者と受信者のどちらかに原因があるというよりも、メッセージは常にもう一つのメッセージを伴うのであり、それが明らかなイデオロギーや偏見の発露であったりすると、表現行為はとたんにつまらないものになってしまうのです。したがって、現代に生きるクリエイターに必要なのは、ただメディアの変化に敏感になるのではなく、異なるメディアのそれぞれの特質に敏感になるということなのです。その上で、デジタル化された創作活動に、自分自身のアナログな時間を見つけ出していくことが、今後ますます重要になってくるでしょう。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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