どのようにして民意を政策に反映させるか
こうしたテロ対策における二つの異なったアプローチは、どちらかが絶対的な「正解」という訳ではありません。義務論か功利主義かという価値観の選択の問題とも考えられます。民主主義国家においては、主権者である国民自身が自らの価値観に基づき選択の判断を行い、国民の代表者である政治家を通じてそうした判断が政策に適切に反映されることが望ましいと考えられます。
ただし、現在の日本においてテロ対策を担っている警察は、民意の迅速な反映が必ずしも容易ではない制度になっていることに注意が必要かもしれません。
一般の行政官庁――たとえば財務省や文部科学省――では、組織のトップに大臣が置かれています。大臣は内閣総理大臣から任命され、選挙を通じて民意を背負う立場にあります。したがって、民意に基づいて迅速に行政運営の方向性を示すとともに、国民に対する説明責任等を担う役割を担っています。これは、民主的アカウンタビリティの考え方に基づく制度設計とも言えます。
これに対し、現在の日本の警察は、国及び都道府県の双方のレベルにおいて、合議制の行政機関である公安委員会制度の管理下に置かれています。こうした制度は、戦前・戦中に警察が政治化して言論弾圧等に利用された反省に基づき、政治と警察を一定程度切り離すことを目的として戦後に設けられたものです。
このような制度は、警察活動の政治的中立性の確保においては優れていると考えられます。しかし、同時に、民意に基づいて政治が迅速に警察行政の方向性を定める機能、すなわち、民主的アカウンタビリティの機能は、大臣制を採る他の行政分野に比較して弱いと考えられます。言い代えると、政治的中立性の確保と民主的アカウンタビリティの確保がトレードオフになっているとも言えます。学術的には、両者の関係は、常に一方が他方に優先する訳ではありません。一般に、社会の価値観が安定している時代には前者が優先され、社会の価値観が多様化・流動化している時代には後者が優先されるとも考えられます。
現代のテロ対策を考えるに当たっては、こうした制度上の特性も理解した上で、民意をより効果的に政策に反省させるにはどうすれば良いかを国民自身が主体的に考える必要があるかもしれません。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
