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2023.02.03

民主主義体制の下、英国王室が存続する理由は?

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王室が存続する意味とは

 実は、王室不要論は決して空論ではありません。イギリスの国王は、カナダやオーストラリアをはじめ、世界16ヵ国の国家元首でもありましたが、それらの国では、常に、不要論があり、実際、2021年11月にカリブ海の島国バルバトスは共和制に移行しました。

 その結果、イギリス国王が国家元首の国は世界で15ヵ国に減ったのです。それは、イギリス国内でも起こる可能性のあることなのです。

 イギリスは不文憲法の国と言われます。憲法を、国会が制定する法律よりも上位に位置し、かつ、改正や修正が容易にはできないものと定義するならば、確かに、イギリスには憲法がありません。

 しかし、イギリスは、先に述べたマグナ・カルタや権利章典などの重要な法律や、慣習法の集合体を通じて、国民の権利を保障し、民主的な国制を維持する仕組みをつくってきました。

 つまり、憲法典はもたなくとも、制定法を含めた集合体を国王も議会も尊重し、遵守してきたという意味では、それらが憲法のように扱われてきたと言えます。立憲君主制も、こうした「憲法」の下にあるわけです。

 一方で、議会制定法は、日本を含めた他国で言う憲法よりも改正が容易なのは事実です。つまり、立憲君主制のイギリスでは、国民が王室を望まなければ、王室を廃止することは、非常に現実的なことのです。

 そういった意味では、イギリスで王室が存続してきたのは、王室自身による努力が大きかったということであり、そうした努力が今後も続けられなければ、王室は廃止される可能性があると思います。

 しかし、逆に言えば、なぜ、王室を存続させる意味があるのか。

 19世紀の思想家であり、ジャーナリストであったウォルター・バジョットは、議会政治の代表となる者を「政府首長」、国民統合の象徴となる国王を「国家首長」として分け、分けることには長所があると捉えています。

 例えば、大統領や首相という政府首長が、いかに善政を行っても、政治的な評価は分かれます。与党があり、野党があり、様々な価値観や利害を調整するのが政治であり、すべての人を完全に納得させることは政治には難しいからです。

 一方、国家首長である国王は、政治的な議論から離れた立場で国民のために活動を行うことができます。それによって国民統合の象徴となるのです。

 例えば、1971年に昭和天皇が訪英した際、エリザベス女王は、もう、お互いに仲良くしましょう、ということを言いました。

 まだ、第二次世界大戦の記憶が強く残る時代、日本に対して良くない感情をもつイギリス国民は多くいました。しかし、女王が日本の天皇に、仲良くしよう、と言ったことは非常に重要で影響力があります。これによって、イギリス人の日本を見る見方が変わっていくのです。

 このとき、ときの首相同士が同じことを言っても、逆に、反発する人が多く出たかもしれません。

 また、政治的立場でないがゆえに政治を動かすこともあります。南アフリカ共和国がアパルトヘイトを廃止した背景には、エリザベス女王がコモンウェルス(イギリスの旧植民地による政治連合)の問題として、人種差別に強くコミットしたことがあると言われています。

 つまり、王室には国家首長として、政府首長にはできない役割があることをイギリス王室はしっかり認識しているからこそ、その役割を担うためにも、アップデートを自ら怠らずに継続してきたのだと言えるわけです。

 新国王に就くチャールズ3世も、若い頃から、環境問題やリサイクル問題、有機農法などに強い関心をもち、1970年代から活動を続けていました。イギリス社会が高度経済成長期にあった当時、それは産業界からひんしゅくを買ったほどです。

 しかし、信念に基づいたその活動は、いまでは多くの国民に支持されています。

 国王の活動が、国民が必要と思うことにコミットしていると国民が感じられることが、民主主義体制の中の立憲君主制の存在価値なのだと言えると思います。


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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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