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旬のサンマを味わう幸せを将来世代に残すために

佐藤 智恵 佐藤 智恵 明治大学 法学部 教授

漁業資源の保護のために考えるべきこと

 もちろん、EUの取り組みがすべての点で問題がないわけではなく、難しい点もあります。

 例えば、EUは2050年ゼロエミッション計画を立てています。しかし、CO2の排出問題を見ても、加盟国間でレベルが違うのです。実際、再生可能エネルギーに移行することができず、火力発電に依存している加盟国もあります。

 その意味では、各国はそれぞれの事情を抱えていて、まさに多様なのです。そこに、EUとして深く踏み込むことで、新たな問題が生じる可能性もあると思います。

 EUとしての結束を保っていくためには、さらに調整が必要です。

 例えば、いまは上手く機能しているCFPも、その歴史は長く、各国の議論は1970年代から始まっています。

 当初は漁業の経済面にスポットを当てた政策でした。それが環境問題やサステナビリティを指向する方向になっていく中で、規制を遵守する漁業従事者に対する保障制度などを設けるなど、上手く機能する仕組みがつくられていったのです。

 異なる事情やスタンスの国々が一体となってひとつの方向に向かうためには、やはり、時間をかけた議論と、そこから生まれる相互理解が不可欠なのです。

 国際社会では、こうした点はさらに複雑です。世界各国の経済力や技術力などには差がありますし、抱えている事情も様々です。

 例えば、そのひとつに、各国の民族が培ってきた独自の文化や習慣があります。それを相互理解するのはとても難しいのです。

 実際、日本の捕鯨文化は世界の多くの国で理解されません。

 もちろん、日本も、鯨が絶滅するようなことは望んでいませんから、調査捕鯨を続け、鯨の保全に関する科学的なデータをとってきました。しかし、それも、反捕鯨国や団体からは商業捕鯨と見なされて糾弾されています。

 つまり、そもそも鯨は獲ってはいけないものという価値観で見れば、客観的なデータも説得力がなくなるようなことになるのです。

 EUのように、加盟各国の歴史や文化に対する理解があり、価値観の共有も進んでいる地域では、こうした摩擦は起こりにくいかもしれません。

 でも、世界全体に目を向けると、漁業資源の多様性を保護するために、様々な民族の文化の多様性を否定することにもなりかねないわけです。

 結局、この問題を解決するのも、EUがCFPにおいて行ってきたように、時間をかけて議論し、相互理解を深めることなのだと思います。

 一方、私たち消費者も、自分たちの身の回りのことが、実は、国際社会と関わっていることに関心を持つことも必要だと思います。

 例えば、最近、ウナギの値段が少し下がってきています。でも、それは、IUUのような違法漁業によって大量に獲られたシラスウナギを日本の業者が買っているからかもしれません。

 日本の漁業従事者が国際的な漁業規制を守ることは厳しく管理されていても、他国のIUU漁業による魚を買っていては、結局、日本もIUU漁業に加担していることになります。

 魚は大切な漁業資源です。いま、私たちが安く大量に食べることは、他国の違法漁業を増長させることにつながったり、それによって資源が枯渇すれば、将来、日本人も世界の人たちも、魚を食べることができなくなることになるのです。

 それはまた、地球環境のバランスを崩すことにも繋がります。ウナギやサンマが安く食べられるのはうれしいことですが、その背景に、いま、なにがあるのかも考えてみてください。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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