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2020.06.03

移民を引き寄せるアメリカの魅力が、日本にはあるか

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過度な移民規制はアメリカの優位性を失わせる

 近年のトランプ政権は移民に対して非常に排外主義的な姿勢です。特に、ヒスパニック系の不法移民(非正規移民、非合法移民とも呼ばれる)に対しては厳しく、その象徴がメキシコとの国境に壁をつくるというトランプ・ウォールです。

 しかし、トランプ大統領自身も、それが非現実的なことはわかっているのではないでしょうか。少なくとも、壁の建設が移民流入を阻止するための実効性を欠くことはトランプ大統領の耳にも入っていると思います。

 とはいえトランプ大統領が不法移民は白人労働者の職を奪っていると主張すれば、例えばラストベルトと呼ばれる、かつてのアメリカの繁栄を築いた製造業や鉄鋼業の労働者たちは熱狂します。ミドルクラスから転落した彼らは不満のはけ口を移民に向けたのです。移民がスケープゴート化されることは、これまでも繰り返されてきたことでもあります。

 しかし、グローバリゼーションや機械化、IT化などによって産業構造が転換された今日、移民を排斥したからといって、アメリカ国内の産業が復活するわけではありません。彼の言動は多分に、彼の支持者たちを熱狂させるためのパフォーマンスにみえます。

 確かにアメリカの農業やサービス業など、不法移民を含む外国人労働者がアメリカ人労働者では受け入れられないような低賃金で働いているのは事実です。しかし、そのおかげでアメリカの農産物価格は抑えられ、高い国際競争力を維持しているのです。不法とされる人々を送還すれば、農産物総販売額は最大15%減少し、アメリカ国内の食料価格は5~6%上昇する、との試算もあります。

 すなわち、現実的には不法移民がいなければアメリカの農業は打撃を受け、アメリカ人の生活に悪影響を与えかねない経済構造になっているわけです。ですから、彼らにこそ、かつてのブラセロプログラムのように、限られた期間滞在・就労できる合法的な資格を与えるべきではないでしょうか。

 また近年は、インドや中国を中心としたアジアからの高技能移民労働者が、GAFAなど巨大IT企業を支えているという面もあります。特にインドは、インド科学大学院大学やインド工科大学を中心にIT系のエンジニアを育てることを、ある種の国策としてやってきました。もともとイギリスの植民地でしたからインド人は英語も堪能ですし、MITなどをモデルにエンジニア教育を充実させてきたインドはまさに人材の宝庫です。

 ところがトランプ大統領は、専門技能を持つ外国人向けのビザの発給基準を厳しくする方針を打ち出すなど、高技能移民労働者を規制する動きもみられます。これもトランプ政権の支持者にはアピールできるかもしれませんが、本当に規制すると、今日アメリカを牽引しているIT企業に大打撃を与えることになりかねません。実際、GAFAは非常に危機感をもっているといいます。

 経済学および経済史の研究成果が示すことによれば、アメリカ人が移民から受ける正味の経済便益は多くの場合プラスになります。アメリカは養育費を負担することなく若い労働者を迎え入れることが出来たのです。また移民の増加は、消費者としての需要を刺激するので、仕事を増やす方向に作用します。移民が仕事を奪うとは考えにくく、移民と失業との相関性もほとんどみられません。

 とはいえ、すべての人に富が等しく行き渡るわけではなく、短期的には、一部の人が損失を被る可能性があります。また移民の生み出す利益は見えにくいですが、損失は可視化しやすいものです。移民によって得られる経済的利益を一部の受益者が独占することなく、社会全体に還元するための仕組み作りが重要だと思います。

 いずれにせよ、労働力需要に応じて移民を受け入れてきたアメリカにとって、需要が高いのに移民を規制することは、アメリカ経済の国際的な優位性を失わせることにもなるのです。近年多くの留学生を受け入れている中国やシンガポールなど、人材の争奪戦はすでに始まっています。AIの時代を迎え、情報通信技術に優れた人材の獲得はグローバルに展開されており、アメリカもこれまでのように胡坐をかいてはいられないのです。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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