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多民族社会の現実とリアリティ

鳥居高教授 東南アジア諸国の共通した歴史経験は、タイを除くすべての国が植民地支配を受けたことである。イギリスの植民地経済活動のもとで、マレー半島やシンガポールは経済活動と社会構造の面での大きな変貌を経験した。植民地以前にも流入していた中国や南アジアの「外世界」から人々がなお一層大量に流入し、今日のような多民族社会が形成されていった。現在マレーシアはマレー系と先住民が60%、30%弱が中国系、8%程度がインド系という人口構成になっている。隣のシンガポールは、中国系が全体の80%、20%弱がマレー系、残りがインド系その他の民族などとまったく人口構成が逆転している。しかし、両国とも基本的に政治は安定し、且つ持続的な経済発展を成し遂げてきた。その要因には何か仕組みのようなものがあるのではないかというのが、私が大学生の時にこの地域に目を向ける契機だった。
 確かに彼らの日常生活に目を向けると、それぞれの民族は互いの文化や習慣、価値観を尊重しながら生活しているように見えた。首都クアラルンプルのチャイナタウンにたつと、その様子が実感できる。町中には広東語や北京語が怒号のように飛び交い、近くの生鮮食品を売る露店では食べることに重きを置く、中国系住民の胃袋を満たす食材があふれんばかりに並んでいる。しかし、少しチャイナタウンを通り抜けると、目の前には、壮麗な国立モスクが見え、ムスリムが礼拝に行く姿を目にすることになる。他方、この国立モスクへ行く傍らの道には、インド系のヒンドゥー教徒の寺院があり、信者達がなけなしのお金で、お供え物を購入している姿を目にする。こうした多民族文化の共存をもっとも象徴するのが、テレビで流されるドラマや映画のテロップの多さである。一例をあげれば、広東語を話す俳優の画面に、北京語と英語、時にはマレーシア語がつく、画面は小さくなりつつも、人々に娯楽を与えた。
 こうした多民族の共存状況も、つきあう時間が経つにつれ、大いなる「?」を抱くようになった。そもそもなぜ「国立」モスクがあるのか? 多民族社会の1つの要素である多宗教の共存や信仰の自由はどのように位置づけられているのか、等疑問がわいてきた。実際マレーシアでは「国の公式の宗教」として、イスラームが位置づけられ、モスクのようなイスラーム関係の施設に政府の財政支出が認められており、この国がムスリムであるマレー人社会の優位性を基に国造りを進めていること示している。
 こうした疑問を抱きながら、再度チャイナタウン内の中国系商店の看板を見直すと、その看板の言語表記にこの国の「多民族社会」のリアリティが見えてくる。チャイナタウンの中国系商店であっても、一番上に来るのは国語としてのマレーシア語の表記であり、英語、中国語表記と続く。これが、この国の多民族社会のリアリティである。こうした視点で見ていくと、マレーシアという多民族の国でありながら、国王が「マレーの伝統的衣装をまとい、マレー人の力の象徴であるクリスという小刀をさす」紙幣の肖像画の意味が見えてきた。
 一見すると、マレーシアでは多民族が共存してお互いの習慣や信仰を尊重し合うように見えるが、そこには暗黙知が存在し、一定のルールで社会が営まれているのであろう。

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