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スマート社会の実現を私たちも考えよう

菊池 浩明 菊池 浩明 明治大学 総合数理学部 教授


いま、AIやIoTなどのデジタル技術を活用したスマート社会の実現が目指されています。
しかし、その実現には、私たち生活者の身近な問題もあることがわかってきました。
この連載では3回にわたり、身近な問題をテーマに解説をし、これからのスマート社会の実現を考えるためのヒントを提供します。

第1回 顔認識カメラが進む社会は便利になる?不安になる?(1ページ)
第2回 重要なのは、インシデントがあっても事業の継続を保てる仕組み(2ページ)
第3回 ターゲット広告は必要?不必要?(3ページ)


第1回 顔認識カメラが進む社会は便利になる?不安になる?

>>英語版はこちら(English)

私たちの身の回りで、顔認識カメラが普及しています。その用途は、例えば、空港でのワンストップ搭乗手続き、店員のいないコンビニ運営、商店街の人流データの生成など、様々です。それは、スマート社会を実現する技術のひとつですが、一方で、解決すべき課題もあります。

顔認識カメラの利活用には賛否両論ある

 顔認識カメラの普及が進んでいるのは、ひとつには、カメラ技術が向上したことと、そうして蓄積された膨大な顔画像データを分析するAIなどの技術が発達したことがあります。それによって、顔画像は様々な用途で利活用することができるようになってきているのです。

 その一方で、技術の向上にともなって新たな問題も生じるようになっています。例えば、顔の目、鼻、口などの位置関係の特徴を数値化した「特徴量データ」の抽出技術と識別精度は向上し、それによって個人を特定して追跡することが可能になってきています。

 つまり、顔画像から得られる機械可読可能な特徴量はマイナンバーなどと同様の個人識別符号に分類されるということであり、それは、顔画像は個人情報であることを意味します。

 すると、顔認識カメラによる「顔パス」で、部屋のドアが開いたり、様々な手続きが済んでしまうサービスはとても便利ですが、同時に、それは、そうしたサービスを提供する事業者によって、ユーザーの個人情報が取得されることでもあることになります。

 そこで、顔画像を取得する事業者などに対しては、顔認識カメラが作動していることを通知公表したり、保有している個人データの安全管理措置などの個人情報取扱事業者としての義務を果たすことが定められています。

 しかし、事業者がそうしたルールを守っているからといって、私たちユーザーにまったく不安がないのかといえば、決してそうではないでしょう。

 実際、2021年に、JR東日本が駅構内に設置した顔認識カメラによって、不審者や服役履歴のある人を検出していることが報道され、大きな問題になりました。

 実は、JR東日本側はこうした取り組みを行うにあたって、事前に個人情報保護委員会に相談の上、法制度上の義務などをすべて守り、問題のないやり方で行っていました。

 しかし、報道後に様々な賛否両論が寄せられ、JR東日本は、社会的合意が得られていないと判断し、この取り組みをとり止めました。

 鉄道の安全を守るためには必要な取り組みだという賛成意見があった一方で、自分の顔画像が不審者データベースに登録されているのではないか、といった不安感を煽ったことが大きな要因である様です。

 その背景には、新しく普及し始めた技術やシステムに対する不安感と、それを利活用する事業者、その利活用を管理する国や機関に対する不信感があるのだと思います。

 諸外国でも、街中に監視カメラを張り巡らせたり、顔認識による決済などのサービスを推進している国もあれば、アメリカのいくつかの州のように、公共の施設における顔認識を使った捜査を禁止しているところもあります。EUでも、生体認証による捜査を規制する案を検討するなど、顔認識カメラの利活用は国によって様々な状況です。

 日本の法規制は、人権を守ることを重視するEUの考え方を基礎にしているところがあります。

 しかし、顔認識カメラによる顔画像の検出自体に違法性があり、その利活用をすべて禁止にする必要があるのかといえば、決して、そうではないと考えています。

 もちろん、個人の権利を守ることはとても重要なことです。一方で、こうした新しい技術を上手く導入してスマート社会を実現していくことも、私たち市民にとって、とても価値のあることなのです。

 例えば、個人情報を、本人の同意を得ずに取得したり第三者と共用するなどの行為は違法であり、性別や人種の推定は人権の侵害にあたることもあり得るので許されません。

 しかし、匿名化を施し、匿名加工情報にしたり、属性データや統計データの形にすれば、それは特定の個人と紐付けすることはできず、個人情報ではなくなります。そうした匿名加工情報は様々な分野で利活用できるのです。

ビッグデータを利活用するルールをみんなで考えよう

 例えば、私たち研究チームは、健康診断と診療報酬の情報をベースにした匿名加工情報から、成人病疾病リスクを予測する研究を行っています。

 こうした研究を行うには、従来は、個人の同意を得て、長期間にわたって継続的に、その人の健康状態や生活習慣などの調査を行わなくてはなりませんでした。

 しかし、現在では、健康診断や診療報酬のデータが電子化されて蓄積されています。もちろん、それは個人情報で、第三者が見ることはできません。しかし、匿名化を施して個人を特定できないデータにすれば、それを活用して医療の研究に役立てることができるのです。

 実際、私たちは、運動不足などの生活習慣の様々な要因が、疾病リスクにどのように繋がるのかを分析することができました。今後、分析をより進めていけば、疾病予防に繋がるきめ細かい情報をさらに提供していけると考えています。

 つまり、予防医療に貢献するような研究も、個人情報を集積したビッグデータがあることによってはじめて大きく進展させることができたのです。

 こうした点を考えると、個人情報を取得されることをむやみに怖れて規制ばかりを考えるのではなく、個人情報や人権を守るとともに、そうしたデータを社会に還元する仕組みやルールを確立していくことも重要なのだと言えます。

 そして、そうしたルールづくりを政府や法制度の専門家らの一部の人たちに任せっきりにするのではなく、私たち市民も関心をもち、そうしたビッグデータや個人情報保護のしくみを理解したうえで、正しい取扱をしている事業者を見極め、自分の情報がどのように扱われたら利活用を許可するか自ら考える力をもつことが肝要です。自らの意見を発信したり、議論に参加していくことがとても大切なのです。

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