
2022.06.28
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ストームグラスは、もともと、19世紀のヨーロッパで天気予報の道具として使われていました。当時の人は、結晶の形は気象条件に応じて変化すると考えたのです。
そうしたストーリーがあるせいか、現代の人も様々な想像力を働かせて、ストームグラスが地震の予知もできるのではないか、と考える人もいるようです。しかし、実は、ストームグラスは地震はおろか、天気予報にも役立ちません。
なぜなら、ガラスの容器に密閉されている溶液中の結晶に影響を与えるのは、気温だけだからです。つまり、溶液の中の物質は、気温の変化によって結晶の形を変えるのです。それは、とてもシンプルな現象で、結晶成長学という科学で簡単に説明することができます。
ところが、一方で、この温度のときはこの形になる、ということを予測するのは、実は、難しいのです。気温は時々刻々変化していきますので、結晶はそれにあわせて成長することもあれば溶けていくこともあります。成長するときには溶液の中にある結晶の成分を取り込み、溶けるときには放出します。このため、溶液の中の成分の濃度は場所によっても異なりますし、時間によっても変わっていきます(溶液中での物質の拡散)。
さらには、溶液の中には無数の結晶が存在するため、温度が下がって結晶が成長するときには、溶液の中の成分を互いに奪い合う状況が発生して、より一層、結晶の形や成長する速さの理解を複雑にしていくのです。
やっぱりストームグラスというものは謎が多い神秘的な特別な物だと思われるかもしれませんが、そうではありません。
ごくありふれた塩の結晶ができるときの基本となるプロセスも同じだからです。塩水の中に溶けているNa(ナトリウム)イオンとCl(塩素)イオンが集まってくることが必要なので、やはり物質の拡散が重要なプロセスとなります。
塩の結晶ができ始めると結晶のまわりのイオンの濃度(塩分濃度)は下がっていきます。このとき、塩水の中では、濃い方から薄い方へ塩分が移動するという拡散が起こっています。塩水の中に複数の塩の結晶が発生して成長する場合は、当然ながら塩水中の塩分の奪い合いが起こり、一粒一粒が成長して大きくなっていく速度や形の理解を複雑にします。
このように、一般に結晶が成長するときの形や速度がどのように決まってくるかを考えるには、目には見えない熱の拡散や物質の拡散をイメージしながら考えていくことになります。
もちろん結晶の形を考える上で結晶の構造(原子や分子の配列の仕方)が重要ですが、それに加えて結晶の周囲で起こる熱や物質の移動に関する基本原理を抑えていると、結晶の形や成長の過程を、美しいとか不思議というだけではない見方ができ、その結晶ができる周囲の環境や条件とはなんだろう、という思いがふくらんでいくのではないでしょうか。