
2021.04.14
明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト
では、どうしたら、こうした問題解決のためのアイデアや構想力を生み出せるようになるのか。
まずは、知識が必要です。医療の問題にたずさわるジョン・スノウには医療の知識がありました。
同じように、社会の問題、経済の問題など、たずさわる領域の知識をもつこと、あるいは、そうした知識を身につけようという姿勢がないと、アイデアも構想も浮かばないでしょう。
もちろん、複雑な現代社会では、ひとりで、解決すべき領域のあらゆる知識をもち、さらにデータ分析やアルゴリズムを駆使することは大変です。その領域の専門家と連携することも必要となります。そのときには、コミュニケーション力が重要です。
例えば、専門家の言葉を理解するには最低限の知識は必要ですし、自分の考えを的確に伝える言葉や表現力を身につけることも大切になるのです。
すなわち、良いデータサイエンティストであるためには、社会や経済、人に対する興味や関心が重要になるということです。それが自らの行動や経験に繋がり、そこから周囲に対する理解が生まれ、本当の知識や知見になっていきます。
そこで身についたものは、いわゆる教養と言われるものかもしれませんし、総合力とか人間力と言われるものかもしれません。アイデアや構想を生むインスピレーションはそこから生まれるのです。
実際、いまの時点では、新しいアルゴリズムを駆使することや分析手法に詳しいことがデータサイエンティストのスキルとして認められていますが、それらの作業は、いずれ、AIが自動でこなすようになるでしょう。つまり、人がやる必要のない作業になると思います。
だからこそ、そこから先がデータサイエンティストの活躍の場なのです。
ジョン・スノウの活動から学べることをもうひとつ。データを分析するスケールといったものを自在に操って試行錯誤することです。
彼は、亡くなった人の情報を精密に調べたり、逆に、細かい情報は切り捨て、井戸と亡くなった人の位置関係だけにフォーカスして調べたりと、ひとつの視点にとどまらず、多様な視点を自由に行き来して考えています。
このことは、例えば、データや情報を引きで見ると、詳細な部分は省略されて全体像のようなものが見えますし、逆に、寄って見ると、数値だけでは見えない緻密な部分が捉えられるようになります。
こうした視点を柔軟に行き来することで、新たな発想が浮かんだり、関係がないと思っていたりした事柄が繋がって見えることも起きてくるのだと思います。
実際、データを見るスケールを変えられるようなコンピュータソフトはすでにあります。つまり、道具としてはあるので、それを有効に使いこなすことも、その人の教養や総合力にかかってきます。
亡くなった人の位置を地図に落とし込むという分析手法は、ジョン・スノウ以前からあったと思います。しかし、亡くなった人と井戸の位置関係を知るために地図を使いこなしたのは、ジョン・スノウが最初だったのです。
新型コロナウイルスによる感染症のパンデミックで、アメリカでは10万人を越える死者が出ました。大変不幸なことです。でも、その数値から、どれほどの不幸がアメリカ社会に起こったのか、私たちは想像することができるでしょうか。
5月24日、ニューヨークタイムズは、亡くなった人、ひとりひとりについて、その生き方や、社会にどんな貢献をしていたのか、周りの人たちにどんな影響を与えていたのか、などを丹念に調べて短く紹介していく記事を掲載しました。
社会が失ったものはなんだったのか。10万という数値だけでは見えないリアリティを私たちに示したこの記事の試みは、170年前のジョン・スノウの活動とともに、データサイエンスのあり方を示しているように思います。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。