多様な経験からアントルプルヌールシップを育む
近年、有能な企業家の条件として、アントルプルヌールシップが注目されています。アントルプルヌールシップ、すなわち企業家資質とは、一言で言えば、イノベーションを起こす人間的な要素ということです。
その意味で、渋沢は、まさにアントルプルヌールシップに満ちた人物だったと言えます。
また、渋沢に限らず、企業を長寿化させ、大企業化させた経営者たちを研究すると、みな、優れたアントルプルヌールシップの持ち主であることがわかります。
では、どうすれば、アントルプルヌールシップを育むことができるのか。
実は、その答えはありません。それは、個々人によってアントルプルヌールシップの育み方は異なるからです。
ただ、優秀な多くの経営者を研究していると、そこに共通項があることがわかります。
ひとつは、多様な経験をすることです。
例えば、渋沢は、激動の時代の中で、名家の息子→倒幕の志士→勤王派の家臣→幕臣→渡欧→倒幕によって浪人→地方で商社設立、成功→倒幕した新政府で働く→下野→銀行の設立→500以上の会社の設立に関わる、と多様な立場、多様な仕事に就きます。
そのなかには、自らの意志で選択したものではないこともあります。しかし、与えられた機会を逸することなく、それを活かし、経験にしていきます。こうした多様な経験は、多かれ少なかれ、歴史に残るような経営者には共通してあります。
むしろ、決まったやり方で、無駄のない過ごし方をしてきた人は、経営者として失敗することが多いのです。
多様な経験に、素直に驚きや喜びを感じ、そこに「なぜ」を見出し、理解しようとしていくことが、大きな成長に繋がります。そのとき、周りの人の話や助言に耳を傾けること、素直に聞けることが成長を早めます。
それが、人と人の結びつきを重視することにつながり、今度は、人を育てようという思いにも繋がっていきます。
その、多様なひとつひとつの経験は人それぞれです。こうした経験をすれば、こうなるというマニュアルはありません。
ひとつひとつの経験のなかで、素直に疑問をもち問題を発見し、素直に人の意見を聞きながら素直に洞察を深めることで本質をとらえる。そのことを積み重ね、人との創造的な「共力」のあり方を模索することで、企業家資質であるアントルプルヌールシップを育むのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。