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人工知能がマーケティングを進化させる

  • 明治大学 理工学部 教授
  • 高木 友博

「ビッグデータ」という言葉を覚えているでしょうか。2010年代に入った頃、メディアなどで盛んに取上げられましたが、最近はあまり耳にすることがなくなりました。実際には、多様なウェブサービスの活用が進むとともに、ビッグデータはますます巨大化しており、様々な分野で活用されています。ここでは、機械学習が手法として使われており、人工知能の一分野です。しかし、これは本来の人工知能の可能性のほんの一部にすぎません。

より効果的なマーケティングのために期待される人工知能

高木 友博 最近マーケティングはデータドリブン化し、大きな変貌を遂げつつあります。マーケティングというと、セールスマーケティングをイメージする人が多いと思いますが、本来はもっと広義な企業活動を意味しており、顧客が本当に求めている商品やサービスを作り、その情報を発信し、顧客がその商品やサービスの価値を知り、得ることができるようにするための活動のことです。そこでは集積したデータをマーケターが統計解析ツールなどを使ってグラフを作り分析します。なぜ、データをグラフ化するかといえば、マーケティングの施策を考えるのは人なので、データの視覚化や関係者たちとの共有が必要だからです。つまり、データ処理の基本的な部分を機械にやらせ、その上の創造的な部分を人がやるという構造です。

 しかし、収集するデータ量が比較的少なく、情報発信の対象がマス(大衆)であり、広告媒体がテレビや新聞、雑誌が中心であった時代はそれで良かったのですが、より効果的なマーケティングが求められていくのにともない、訴求対象はマスから個々人へと細分化されるようになりました。訴求対象を絞り込み、個々に応じた情報を発信していくことがより効果的だからです。例えば、ウェブサイトで何か見ていると、その人の興味にあった商品や広告が出てきます。誰に対しても同じものを見せてセールスするよりも、相手に応じて訴求しやすいものを見せて購買に結びつける方が効果的だからです。

 こうした個別の情報発信によるマーケティングが注目される背景には、テレビや新聞など従来の広告媒体ではやりたくても難しかったのに対し、それが可能なウェブが発展したことがあります。顧客は多くの足跡をウェブ上に残すようになり、その大量なデータがビジネスに生かされるようになっています。例えばエレクトロニックコマースにおけるレコメンド、ウェブの閲覧に従って表示されるオンライン広告などがそれにあたります。そしてそこでは、超大量のデータがリアルタイムで処理され、高度に最適化されていますが、知能化と言う意味では、まだこれからの段階にあります。

ますます広がる人工知能の応用

 ところでこれらは、マーケティング全体から見ると、そのごく一部であるプロモーションの域をでません。それ以外の多くのマーケティング領域は、いまだにアンケートを取ったりそれらを集計したりという時間のかかる従来方式が主流で、リアルタイムなデータドリブンにはなっていません。膨大なデータを従来のようなデータ処理でグラフ化し、それを基に人が個別の訴求対象ごとのマーケティングを考えるため、ものすごい労力と時間がかかっています。当然リアルタイムな処理は不可能です。POSやその他のオンラインデータを使ったマーケティングも一部では行われていますが、上記のようなリアルタイムで行われるシステムに比べると、データ活用がかなり遅れているように思われますし、ましてや自動的な知的処理は行われていません。

 つまり現状のマーケティングにおいては、まだデータが有効活用されているのは下層の一部であり、上層の試行錯誤によりマーケティングアクションを発想していく部分はまだまだ人に委ねられています。その知的なレベルに踏み込んだ機能を提供するのが、人工知能の本来の役割だと私は考えています。

 例えば、私の研究室では、この人が試行錯誤で行う知的な部分を、機械に置き換える試みを行っています。ユーザーに応じて画面の広告がリアルタイムに差替えられるのは、多くの人が体験していることと思います。この精度を上げるとともに、同じ商品でも相手によってより最適な広告表現に変えていくことができるシステムを、私たちの研究室はウェブ広告企業と産学で共同研究しています。訴求対象に応じてフィットする広告文章を自動生成し、マッチング精度の高い最適な配信を行うことを目指しています。

 10億人がウェブ上に残した様々な足跡を情報として取得したとします。このデータを基に、どのポジションに商品を投入すればヒットするのかを自動計算するシステムの開発を、私の研究室では行っています。こうしたシステムによれば、従来は性別や年齢別のように感覚的で大雑把に得られるセグメントよりも、有力顧客を最もきれいにセグメントするのはどういった属性であるのか明確にでき(性別や年齢別よりも、特定のキャンペーンに飛びつくことが重要、など)、それに従って最適なセグメントに、よりニーズの高い商品を投下することができます。すると、最適な広告やプロモーションも自動で計算できます。つまり、ユーザーの購買行動を分析し自動計算すれば、広告だけでなく、消費者のセグメンテーションから商品開発、プロモーションなど、すべてのマーケティング活動が連動してつながり、データドリブンに最適化されるようになるのです。さらに、このような試みを、いろいろなマーケティング要素に広げています。マーケターが感覚や知的活動で行っている運用や判断を、どんどん機械に置き換えていこうというわけです。

人工知能を人にとって本当に有益なものとするために

高木 友博 現在、様々な分野で人工知能の開発が進んでいます。囲碁のトップ棋士が人工知能に負けたことはニュースにもなりました。もう少ししたら、人工知能を積んだロボットが反乱を起こし、人間は征服されてしまうのではないかなどともいわれています。しかし、人工知能を研究する私から見ると、そんなことはあり得ません。人間はそれほど頭が良いのです。人は日常の何気ない会話でも、柔軟かつ適切な情報処理を瞬時に行っています。実は、それはとても難しい作業であり、人工知能はまだまだそのレベルに達していませんし、今後も非常に困難です。

 人工知能のメリットは、知的であっても人にとって手間のかかるレベルの事を効率的にこなすことです。膨大なデータを的確に処理し、そこから最適な結果をスピーディーに計算することはそのひとつです。マーケティングの分野において人工知能への期待が高まったのも、ビッグデータといわれる膨大な情報をより有効に活用するためです。しかし、自分の足跡である情報を基にして自分用にカスタマイズされた広告が送られてくるのは、プライバシーが見透かされているようで怖いといわれることがあります。しかし、情報を扱っている側の業界人や私たちは、どこまでなら個人のプライバシーに触れても大丈夫なのか、非常に気を使っています。また、私たちが作っている広告は、怖がられたり気持ち悪がられたりすれば、その時点で広告としての価値はなくなってしまいます。ユーザーにとっては不必要な広告が多い中で、より有益な情報を提供する広告を私たちは目指しています。さらには、その考えは広告に限らず、マーケティング全般にいえることです。ユーザーにとって、うれしいマーケティング、有益なマーケティングを提供する人工知能が、私たちにとっての理想です。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

高木 友博

明治大学 理工学部 教授

略歴
計算型知能の一種であるファジィ理論の世界でも屈指の権威であると当時にマーケティング理論に精通。高精度推薦エンジン、高精度ターゲティング、マーケティング全体の高度デジタル化に関する先端的研究・開発・商品化を行いつつ、産業界での技術戦略、事業戦略、新規事業企画・開発、実プロダクト開発にも携わっている。これまで、国内大手企業や米国石油資本などと、様々な共同研究・委託研究を行っており、競争型国際ワークショップにおいてもトップレベルの成績を収めている。カリフルニア大学バークレー校コンピュータサイエンス学科客員研究員、松下電器産業、日本学術振興会プログラムオフィサーなどを経て現任。
研究分野
計算型人工知能、データドリブンマーケティング、ウェブサイエンス
研究テーマ
データドリブンマーケティングの高度知能化
学位
博士(工学)

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