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コロナ禍で再発見した観劇の一体感
2025.03.05

人生のターニングポイントコロナ禍で再発見した観劇の一体感

リレーコラム
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教授陣によるリレーコラム/人生のターニングポイント【105】

2020年3月、コロナ禍が始まりつつある頃、劇場公演を映画館で鑑賞しました。当時、緊急事態宣言はまだ発令されていませんでしたが、演劇界では公演の自粛が始まり、生の観劇が難しい状況でした。

そんななかで、ある劇場公演が映画館で生中継されることになり、私は久しぶりに「演劇」を観に行くことができました。そのお芝居が幕を閉じたとき、(映画館なのに)観客から大きな拍手が巻き起こったことが、私の人生の中で忘れられない経験になりました。

拍手に包まれた会場の一体感たるや、ほかに比較する言葉も見当たらないくらいでした。私は思わず涙を流していました。乾いた土に水が染み渡るようにじわりと感動が押し寄せてきたのです。

舞台に立っている人たちが観客から拍手を浴びる瞬間というのは、おそらくなにごとにも変え難い瞬間なのだと思います。同時に観客もまた、劇場で拍手を共有するという感覚は一種の特別な瞬間です。私は巻き起こる拍手のなかで、演劇が与えることのできる幸福感にあらためて気付かされたのです。

さらに、このエピソードには続きがあります。公演を生中継した映画館から帰る道すがら、エレベーターの中で、見ず知らずのお客さんが「演ってくれてよかったですね、観られてよかったですね」と涙ながらに語りかけてきました。

私はうなずき返すしかできなかったのですが、こんな体験は初めてでした。その人もまた、私と同じように、自分のなかで抑えていた感情が解放されたのでしょう。それは、演劇が持つ普遍的な力を改めて実感した瞬間でもありました。

まさしく、演劇にかかわる身としては忘れることができない一夜でした。普段からよく言われることですが、観客もまた舞台の作り手の一員だということを、コロナ禍での公演という状況によって教えられたのだと思います。

シェイクスピアの『マクベス』に「明けない夜はない」という台詞があります。この言葉はコロナ禍の暗い時期に多く引用されましたが、私がその夜に感じたのは、芸術が暗闇に光を灯す力でした。そして、その光が人々に、別の現実を想像する力を与えるのです。そのための「夜明け」を待ち続けることが今は重要なんだと、その時実感したのです。

辛いとき、苦しいとき、いまの目の前の現実とは別の現実を想像する力が、人間には必要です。その意味で、芸術やエンターテインメントに親しむことは決して無駄ではないはずです。あるいはむしろ、非常に大きな力を発揮することになることを改めて主張していきたいと心から思っています。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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